幸ヲ得ラ不



妾の人間として最期の記憶は憎しみで終わる。

憎い、憎い、憎い、憎くて憎くて狂いそうだった。どうして妾がこんな目に合わねばならない。苦しい、苦しい苦しい、血を吐き、日に日にやせ細る身体を憂い、動かなくなる身体を妬み、感染る病ゆえに疎まれ、看取られずに死した。

病を患う前に入り浸った白鷺城(姫路城)に妖怪として再び生を得ても憎しみは失せることを知らない。
しかし人間を祟るほどの強さもなく、妾は全てが憎くなった。

なぜ妾は再び生を得てなお、無力でなくてはならない。
祟る力もなく、蔓延る人間をただ眺め、雀蜂が蜜蜂の巣を狙い、それを蜜蜂が迎え撃つだけの小さな争いを歯がゆい気持ちで眺め続けた。


(人間など全て不幸になってしまえ)


凶星(きょうせい)よ、早よう降れと願い願い、天を見据える眼で視れば、一人、妾と似た人間がいた。
それが今、野薊が憑いている男――大谷吉継という人物である。憑いた時のことは割愛。語るに及ばず。


(……だが、あの男は恵まれてる)


大阪城の一角を借り、書を捲り、野薊は憂いた。
その男は現在伊予河野を懐柔させると大阪城を空けていた。

妾と同じ境遇である吉継は、この世で最も不幸の星を降らせる可能性のある男。しかし、その男は友である石田とやらの幸を望む。

不幸を与える人間が幸を望んではならない。人を呪わば穴二つ。必ずどこかで返ってくる。
手を抜けば抜くほどどこかで、絶対。


「それだけは避けないと」


彼は不幸を撒く禍星(まがぼし)、石田は恐怖を撒く凶星。
誰も幸せになってはいけない。
全員、不幸になればいい。

書を閉じ、まだ見ぬ星を思うと襖が勢いよく開かれた。

見れば室内には先程まで無かった煙が漂っている。


(あの煙の女ね、まさかあの女が妾に用があるとは思えないけど)


「刑部さんから」


あまり会話のない妖怪の一言。どさどさと乱暴に落とされたのは珍しい書や巻物。土産のつもりなのだろうか。煙の妖怪は不満気にはいこれと折られた薄い紙を野薊に渡すとすぐに姿を消した。

達筆な字で書かれた手紙。
字体は流れるように美しく、まだ少々癖のある字から抜けられぬ野薊からしてみれば羨ましいほど。

内容を言うなら暫く帰れぬから書を読み、暇を潰せというもの。







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