月夜君の狂唄


「三成ー、暇ー、三成ったらー」


障子を開けて室内に入ると三成は凄く怒る。廊下から声をかけたが返事はなく、暇だ暇だと中庭に足を放る。


「……三成、まだ家康を討ちに行かないのー?」


早く起きて。また遊んで。


「私が先に家康殺しちゃうよ」


嫌でしょ。ほら、ほら。


「……三成ったらー」


吉継さんは三成の好きにするがよかろと三成の好きにさせている。吉継さんに憑いた、あの腹の底が読めない若輩の姫妖怪も死にたいのなら勝手に死ねばよろしいのではなくて?と見限ってしまっている。


「うー、ん、ん。三成、ごめんなさい!」


悩んだ挙げ句、障子の隙間から三成の部屋に侵入した野薊は部屋の真ん中で秀吉様秀吉様と繰り返し呟く三成の顔を覗く。


「……野薊……?」


凶王の顔(かんばせ)が上げられ、野薊と視線が交わった。ようやく見てくれた。空のはずの体が満たされる感覚を覚えつつも、野薊は三成、主の名を呼ぶ。


「野薊、貴様なぜ私の部屋に」

「三成、あんまり私を暇にさせると、三成も家康も殺しちゃうよ」


三成の細い首に野薊の手が回った。ちょっと力を込めてやると、三成の形の良い眉が怪訝そうに歪められる。


「私、三成を殺したくないからさ、いっぱいいっぱい、楽しませて」


するりと手を解くと三成は野薊をぎらぎらした刀のような鋭い目で睨んだ。煙の妖怪らしく煙に巻かれながら、野薊は宙に浮いて三成に問う。


「ねぇ三成、次は誰を殺せばいい?伊達かな?前田かな?雑賀?意外や意外に秀吉様の甥子の金吾?それとも北条?」

「………」

「場合によってはあの家康でも」


言い終わる寸前、野薊の目の前を刀が走った。


「家康は私が殺す!!貴様には譲らない!」


ちらちら、ちらちらと三成の目に憎しみの炎が灯るのを見た。

嗚呼これだから人間は面白い!死んだ心も一瞬で憎しみや喜びで生き帰り、生きた心を悲しみや絶望で殺せる。馬鹿馬鹿しいばかりの愚考と愚行!

じゃあ家康を殺すのは諦める。と嘯いて、野薊は障子を勢いよく開けた。秀吉とやらの喪に服す時間は終わり、復讐の悪鬼が躍り出る。


「三成、月が綺麗だね」


月明かりはどこまでも美しく、どこまでも冷たかった。




夏は夜、月の頃は更なり。

月には気を付けて。






ほら、妖が貴方の心に付け入る隙を狙ってるから――。














(まだまだ。これでまだまだ三成と遊べるね)













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