泣いている。
シノブがひたすらに泣いている。
目を閉じ、耳を塞ぎながら彼女はごめんなさい、ごめんなさいと謝りながら泣く。
血塗れのバットを床に置いて、部屋の隅で泣き続けるシノブに近寄った。
目前まで近寄ってもシノブは気付いていないようだ。彼女の涙に濡れる白い頬に手を添えると、見るからに体を竦め、そこでようやく目をこちらに向けた。耳から手を離させると、シノブは一瞬だけ思考が止まっていたのか驚いたような顔をして、俺を見て、恐怖に顔を歪める。
「いやぁあぁあああぁ!!!」
既に後ろには壁、前にはバッター。
白い床には赤く染まったジャッジの姿。彼を選んだ時に人ではないバッターを見ているせいか、恐怖はさらに際立ったものになっているらしい。
「落ち着け、シノブ」
「ひ、あ、ああ、ぁ、ごめっ、ごめんなさい、ごめんなさい、やだ、あああぁ!!」
バッターを裏切ってしまったという後悔、ジャッジさえも死なせてしまったという後悔、裏切ったバッターが生きている。あんな、異形な姿をしていたバッターが、血塗れで私の前に屈んでいるのだ。
シノブの目にはあの頼りがいのあるバッターがただの殺人鬼に見えたろう。
「わたし、しぬの?」
頬に添えられたバッターの手を払い、震える声をシノブは絞り出した。
「ころすの?」
「…………」
否定も肯定もなかった。
殺さないと否定したところでOFFにしてしまえばこの世界での彼女は死ぬ。
肯定すれば、彼女は更に錯乱する。
バッターはそれは避けたかった。ここまで来て、スイッチをOFFにする前に彼女が死ぬことだけは避けたかった。
バッターだけではスイッチをOFFにできないのだから。
「お前はジャッジに唆されただけだ」
お前が悪いわけじゃないと、あくまで理解ある相棒の姿を演じる。しかし、シノブの顔はまだ恐怖に歪んでいる。
「俺にはお前が必要だ、わかっているだろう?俺たちはここまで一緒に来たんだ。今更、離れようとしないでくれ」
「……」
「シノブ」
振り払われた手で彼女を抱き締める。
ただ一つ、憎むべくものがあるとしたら、精神のキャパシティ容量である。彼女は、よくありがちな恐怖で気絶はなどしなかった。
ただひたすらに身を竦ませ、されるがままにされている。
「さぁ、シノブ」
「ば、ったー……」
私の手を引き、スイッチの前に立たせる。床に置いていたバットをからら、と引きずれば脅しとして効果的だった。震える手でレバータイプのスイッチを掴む。
私が逃げられないように彼女の手の上にバッターは自分の手を重ねた。
下げようとするバッター、上げたままにしようとするシノブ。しかし、力の差は明らかであった。
私は、目を閉じた。
がしゃん。
スイッチはOFFになりました。