頭が痛くて目が覚めた。
耳にざあざあと雨のようなノイズの音が残っている。何が、あったのか。
手が何かを掴んでいる。
よく見ればそれは武骨で大きい手だった。
その手を辿り、手の持ち主の顔を見て、シノブはあ、と声を上げた。
「バッター……」
霧が晴れるように朧気な記憶が鮮明になってゆく。バッターがスイッチをOFFにする直前、私はゲームにログインした。そして、OFFになった瞬間にバッターの手を掴んだのだ。
すぐに浄化(リセット)される世界の中で、バッターが驚きで目を見開いていたのを最後に見た。
覚えているのはそこまでだ。
気が付けば事もあろうにバッターを下に敷いて気絶していたのだ。なんてこったい妻帯者に子持ちだぞバッターは。
体を起こそうとして、頭がごつ、と何にぶつかった。まさか。空いている手を頭上に上げると、固いものに触れた。
「……またか」
保護プログラム。
リセットしてはならないデータを自動的に守るプログラムだ。OFFにした世界では全てが無になる。
その中でリセットに適用されない私たちを守るのがこの保護プログラムだ。
今のところ、ザッカリーと私がそのリセットには適用されていない。
「バッター、バッター、起きて」
「…………」
「起きて」
ぺちぺちと頬を叩く。
しかし、返事はなかった。
「……………」
叩いた手を、頬に添えた。
冷たい。悲しいほどに冷たい感触。
その感触にシノブは覚えがある。
何度も触れた。
何度も味わった。
嗚呼、また私は失敗したのね。
バッターの胸に、ちょうど心臓のある位置に、耳を当てる。
音は、なかった。
「……おやすみなさい、バッター」
また会いましょう。
動かないバッターの死体を入れた棺桶になってしまった保護プログラムの中、這ってバッターの帽子を取り、額にひとつ、子供にするようなキスを落とし、私は、目を閉じた。
バッターがしゃべらない……。
バッターは体だけは保護された。中身はリセットされちゃったみたいな話。