応接間に入るや否や、金属同士が擦れる嫌な音がした。ミラは考えるより先に身を屈ませる。頭上を掠めた何かは応接間の木製の扉をいとも簡単に破壊した。

次の行動をしたのはミラだった。素早く頭上を掠めた何かを両腕で捕まえると、全体重を掛けた。宙ぶらりんの姿だが、梃子の原理を上手く利用した反撃だ。

みしっと相手の、おそらく骨が軋んだ途端、相手が大仰に悲鳴を上げる。その声からして男だ。


「すとーぷっ!ストップ!!待て、まてまて待て!!待てっつってんだろ骨、骨が!!」


「人の首狙った奴の言うことなんて聞きません」


驚くことに男はミラの身長まで足を蹴り上げ、一撃必殺、まさにその言葉通りにミラの首を狙った。

結果殺すことはできなかったが、影―――暗殺者としてでなく、殺人鬼としてすこぶる優秀だと思う。

ミラは手を離し、床に足を付ける。
男は足を扉から抜いた。足先に、チェーンソーのような回転する刃が付いていた。



「……貴方「武器」?珍しいわね」

「武器」は体の中に武器を持ち、体の一部を武器に変化させれる人間の総称であった。奇病とも神の祝福とも言われているが、原因はわかっていない。


「おーよ。アラクネのババアから言われて来てやったぜ。ギリコだ」


「…………貴方が専属の影?」


露骨に隠すこともなくミラは眉間に皺を寄せた。


「チェンジで」


「なんでだよ!?」


「主人に牙を向けて、口が軽そうで、頭も悪そうな影なんて必要ないわ。私は蠍、蠍は警戒心の高い生き物なの、短慮な人間は不必要だわ」


「…アラクネのババアと同じようなこと言いやがって」


舌を打ち、ギリコはどかりと応接間のソファに腰掛ける。


「俺を使うか使わねーかはともかくとして、てめぇのとこに世話になれって言われてんだ。勝手にさせてもらうぜ」


「使用人部屋を一室用意させるわ。好き勝手やってもいいけれど、目立つようなことはしないでちょうだい」



やんわりと釘をさし、ミラはギリコの短い髪を掴んだ。


「てぇっ!?てめ、一体なにす」


「これから私はお前の主人よ。敬う必要はないけれど裏切るような真似をしてみなさい。殺してほしいと懇願するまで、苦しめて痛めつけて拷問して、殺す。」


空気が一、二度下がったような気がして、ギリコは息を飲んだ。
たかが商人?貿易商?石油王?なんて笑える肩書きだ。この女、アラクネ以上の「化物」だ。


「返事」


「…、わかった」


「そう、いい子ね。この屋敷では好きにしていいわ。だけれども、東の棟には近寄ってはダメよ。私の部屋があるほう。わかった?」


頷くと、ミラはようやく手を離した。


「それじゃあ、よろしく頼むわね。ギリコ」