ミラが屋敷に帰ってきたのは、会合を終えて約二時間後であった。
専属の馬曳きに金貨を一枚渡し、メイドたちが開けた扉をくぐる。重々しいドレスを脱ぎ捨て、リビングソファに腰を降ろす。続いて、馬曳きが荷物を次々とリビングに運んできた。ジャスティンが、リビングに入ってきて、思わず目を塞ぐ。


「ミラ様…、せめてなにか羽織っていただけないでしょうか」


「下着は着けているでしょう。それに私の傷だらけの体に何を思うことがあるの」


馬曳きが持ってきた荷物の中から、真っ白な麻袋をジャスティンに投げた。
土産にと頼んでいた紅茶の茶葉だ。メイドが薄い肌着を見かねてミラの肩にかける。


「会合はどうでした?」


「恙無く。死神にあまり派手なことをするなと警告されたがね」


「さようですか」


「暗殺組合から一人こちらに来るらしい。…消したらだめだからね」


「……かしこまりました」


しぶしぶジャスティンは頷いた。ミラはソファから立ち上がり、肌着姿のまま部屋を出ようとするが、メイドたちが急いでそれを止め、軽い部屋着に着替えさせてくれた。


「どこへ行かれるのですか?」


「阿修羅のとこ」


「……一時間だけでお願いします」


「気を付けるわ」


あ。とリビングに戻り、薬壷や布を抱き、意気揚々と駆け出した。















腰が痒い。正確には腰に押された焼き鏝の跡が治りかけて痒い。

爪でがりがりと火傷跡を掻くと、肌が裂けたのか、シルクに血が付いた。しかし一度掻いてしまった傷口はなかなか痒みが治まらず、何度も何度も、突っ張った皮を引っ掻いた。



「阿修羅、ストップ。それ以上やると傷残る」


阿修羅の手を止め、ミラはソファに阿修羅うつ伏せに押し倒し、焼き鏝の跡に指を這わせた。


「……本当はもう一度焼いたほうがいいんだけどね、万が一跡が残った時に奴隷の証が消えるから」


ミラの口から予想以上に残忍な言葉が飛び出し、阿修羅はひっ、と身を竦ませた。


「まぁとりあえずは薬で治しましょ。とびきり良い薬を用意したから、跡が残ったら残ったで何とかしてあげるわ」


「の、残ったら?」


「別な場所の皮膚を切って縫合。またはもう一度焼く」


掻かないでおこう。阿修羅はそう決めた。
薬壺を開け、中から薬草と軟膏を混ぜ込んだ薬を手で掬い、うつ伏せの阿修羅の火傷の跡に擦り込んだ。

苦い独特の匂いが鼻を突く。

ミラは薬の上から清潔な布を当て、さらにずれないよう包帯で巻いてゆく。


「……慣れているな」


「小さい頃から、自分の手当ては自分でしてきたからね」


包帯を巻き終え、金具で包帯を留める。
薬壺の蓋を閉め、ミラは阿修羅の上から退いた。


「ミラ様」


「空気読みなさいな、ジャスティン。」


さていちゃいちゃしようかと思った矢先にこれか。金の腕時計を見るが、ジャスティンの言った一時間にはまだ時間がある、


「影の方がお見えになられました」


「……無碍にできないわね。それは」


溜め息を吐いて、ミラは阿修羅のほうを向いた。何かをされるのかと身を強ばらせる阿修羅にミラは手を伸ばし、黒い髪をかき上げて額に、ちゅっとリップノイズを立て、キスをした。


「へ………?」


「落ち着いたら二人で遠乗りにでもいきましょ。大好きよ。阿修羅」


ナチュラルな告白に、みるみるうちに赤面していく阿修羅。


「〇×∞☆*#!?」


状況を理解してよくわからない言語を叫んだが、部屋からミラはすでに姿を消していた。


口付けを