ミラは手広く事業をやっている。
石油採掘、鉱石採掘、エネルギー資源採掘、貿易の仲介、傭兵の貸し付け、今は新しい果実酒の醸造事業にも手を出し、警戒心高く仕事をし、大きな失敗もせずに巨万の富を築いた。

今や没落しかけた王族より財産があると称され、命を狙われることも常であった。



ミラが自室を離れ、彼の奴隷の元に向かったという話を聞きつけた3日前にミラの屋敷で働くことになったメイドの女性は、嬉々としてミラの部屋に向かった。


先日お茶を持っていった際、かなりの宝石や高そうな骨董品がずらりと部屋に並んでいた。多分、知り合いの売り人(バイヤー)に売りつけるのだろう。


あんなにたくさん宝石や骨董があるんだ。1つ2つちょろまかしたところで分かるまい!いや、宝石も骨董も小さいものばかりだ。ポケットに入れてさっさととんずらしてしまえばいい。

昔は少し名の知れた盗賊の一味に加わっていたこともある女は、にやにやしながらミラの自室をノックした。


返事はない。
不用心なことに、ミラは部屋に鍵は掛けない。一応合い鍵を持ってきたのだが、不要になった鍵を床に放り投げ、女はミラの部屋を開ける。


金品は昨日のままだった。
テーブルの上に、高そうな壷がある。
その下に敷いてあったペルシャ絨毯を剥ぎ取り、ずらりと敷き詰められた宝石に、装飾品や、短剣や古書をペルシャ絨毯に詰め込む。


なんて簡単な仕事なんだろうか!


女はミラが開けるなと言っていた机の引き出しを開いた。紙の束ばかりだが、ふと紙の束に有名な財界人の名前を見つけ、ついでにこれも持っていってやろう、と引き出しに手を突っ込んだ。


「っ、たぁっ!?」


何か鋭いものが刺さり、女は手を引いた。針か何かしらが刺さったのかしら、と思い、傷口を見る。小さくぷくりと血の球が浮かんだ。浅く引かれた引き出しを、よく見るために棚が外れないぐらいまで引っ張り出して、女は、固まった。


白い、くすんだ白い体を持つ節足動物、四対の足をせわしなく動かし、威嚇するように尾と爪を高く上げている。


それがサソリだと気付いた瞬間、女は周りに知られることも憚(はばか)らず、悲鳴を上げていた。


「さ、サソリ……!!」


「デスストーカー、サソリの中でも獰猛な子よ。その子」


入り口から慣れたように説明したのは屋敷主人のミラだった。


「ひ、あ、ミラさま、わた、私、刺されて……!!」


「安心なさって。その子の毒は猛毒。中途半端な苦しみが続くこともなく、苦しむのはほんの少し」


あとは簡単に死ねますから。
ミラは微笑んで、ベッドのシルクを剥がした。三匹わらわらとサソリが這い出し、一匹を拾って、ミラは自分の手のひらに乗せる。


「なん、なんで刺されな……!」


ひゅう、と喉の筋肉に力が入らないことに気が付いた。喉だけでなく、立つこともままならないくらいに、指先は震え、絨毯にくるまれた宝石類を落とす。


「さぁ?初めて気が付いたのは、私が7歳の頃だったわ。」


懐かしげに目を細めて、ミラは手の平の上のサソリにがおーと威嚇してみるが、サソリは爪を上げることもなく、じっとミラを見つめてくる。


「腹違いの兄にね、サソリを大量に詰めた落とし穴に落とされたの、私は刺されるんだと怖がった。兄は刺されて死ねと罵った。でも、サソリは私を刺さなかった」


サソリを床に降ろすと、サソリは急いでラックの下に身を隠した。


「その日の夜、落とし穴から連れてきた二匹のサソリを兄の寝台に忍ばせた」


結果は……と言いかけて、ミラは声を止める。眼下の女は、胸と喉を押さえて、目を剥き、絶命していた。



「兄は、今の貴方みたいな、汚い死体へと、変わってしまいましたとさ」



これで、物語はおしまい。
悲鳴を聞きつけた秘書やメイドたちが、部屋に駆け寄ってきた。部屋の中には散らばった宝石、歪んだ顔の死体。悲鳴が上がるかと思いきや、メイドは「やれやれ」と呆れたように三人で死体を運び出し、秘書の男はため息を吐いた。



「ミラ様、あの死体は鰐の餌にでもしてしまいます。」


「頼むわ、ジャスティン。私はこれから、組合(ギルド)と会合があるから。私が帰ってくるまでに宝石類はきちんと並べておいて。よく分かっていると思うけど」


「えぇ、棚を必要以上に開けるな。部屋を必要以上に弄るな。ですね」


「理解してくれていて嬉しいわ。お土産を買ってきてあげる。なにがいい?」


「奴隷でなければなんでも。良質な紅茶の茶葉が欲しいですね」


分かったわ、と返事をしてミラはメイドの1人を連れてその場を後にした。
蠍の女王。その名に相応しい姿にジャスティンはミラの姿が見えなくなるまで頭を下げ続けた。





泥濘の毒