さぁさ、寄ってらっしゃい。旦那様、奥様方!
ここにいるのはあなた方に買われるのを待つ哀れな奴隷たち!
剣奴として買うもよし。 愛玩用に愛でるもよし。 殺してみたって文句は言わない家畜ばかり!さぁさ、はした金を叩いて買っていって下さいな!
奴隷商人の口上が耳の中で反響する。あちらこちらで聞こえる悲鳴と笑い声はどうにも不快だ。
「これは良い。金五千でも足りないくらいに良い奴隷だ」
かく言う俺も、焼きごてで奴隷の烙印を押されたばかりの商品で、下卑た大躯の商人は檻の外から俺の顎を掴んで値踏みをする。
「生意気な紅い目が良い。変態な旦那が薬漬けにしたがるような顔だ」
値段は七千、いや、八千でもいいな。と商人は言う。
「さっそく競売に掛けてやろう。せいぜい高く売れてくれよ」
「その奴隷、競売に掛ける前だが私が買おう」
商人の後ろに立っていた顔の見えない小柄な影が、商人に声をかける。細かい砂漠の砂の舞う地では見慣れたマント姿の影は、商人の後ろから隣に移動し、檻越しに俺を見つめた。
「……旦那様、困ります。 これは今から競売にかけるものですので、ちゃんと競り落として貰わないと」
「お前はさっき八千と言ったな。八千からか?」
「えぇ。そうですとも。この奴隷は見目が良いので三万程で売れるかと」
影は檻にそっと触れると、口元しか見えない姿でにこりと笑った。
「ですから会場へ「三万か、なら私は………彼を五十万で買おう」
「ごじゅ!?」
五十万。 金としての単位は商人の反応を見ると凄まじく大きいらしい。
影は小切手のようなものに五十万の金額を記入し「役場に届けるといい。五十万だ」と商人に手渡す。
「あぁ、旦那様!こちら、その奴隷の檻の鍵でございます!」
「ありがとう」
大金に目が眩んだ商人は、さっさと檻の鍵を影に手渡した。 影は目深に被っていたフードを脱いだ。
「初めまして。君のご主人様になるミラだ。」
おんな。それも、かなり華奢な。
商人もそれに驚いたのか、それとも別な何かか、ミラと名前を繰り返すと頭をべたりと砂っぽい地面に付けた。
「さ、蠍の女王とは露知らず、ご無礼な真似をいたしました……!!」
「気にしないで。黙って来た私も悪いのだし」
ミラは躊躇うことなく檻の錠前に鍵を入れると、時計回りに回転させた。
かち、と軽い音を立てて錠前は外れて、檻の外からミラがゆっくり手を差し伸べた。
「おいで」
優しく笑み、引きずり出す真似はせず、あくまで奴隷である俺の意志を尊重するように、手の平を俺に差し伸べる。 躊躇いがちに俺も手を伸ばし、その白い手に重ねると、ミラは俺の手を強引ながらも優しく引き、檻の外へと出した。
「さ。行こう。嗚呼、しかし、なんて酷い恰好だ。帰ったら服を見立ててあげる」
ほら、肌を晒すと焼けてしまうし砂があちこちに入るから痛いの。と、自分が着ていたマントを俺に掛けた。
「あちらに駱駝を用意している。私の家はここから歩くのはちょっと遠いからね。見える?あの白い建物が私の家」
指差す家は……家というか城。
「お前の名前は?」
手を繋ぎ、奴隷市場から離れて駱駝の停めている場所まで歩いていると、ミラが声を掛ける。
「………阿修羅」
「アシュラ?阿修羅というのね。良い名前。アジアの方の奴隷?ここまで黒い髪は、アジアの方に貿易しに行った時にしか見たことがなかったから……違う?」
「……知らない。」
あらまぁ。と声を上げたミラは、それを気にした様子も無さそうに繋いだ手を引いた。
「お前はこれから私と屋敷で一緒に暮らすの。いい?私はお前が欲しがるものをあげるから、お前は私と一緒にいて」
懇願にも似たミラのお願いに、刃向かうことなく阿修羅は頷いた。
蠍の女王
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