破静の鏡


「神さま神様仏様!!どうか私に運をください!
出来れば黒髪のイケメン彼氏も欲しいです!本気で!」




一月六日。
初詣も終わった年始。
ちらつく雪の中、神社に佇む一つの影。その影は手を合わせて周りを憚らずに願い事を口に出すと、満足したように肩を下ろした。



「あぅ………もう嫌だ………。
何で三年も勤めた会社クビになるの………?不景気のせいだ、日本なんか滅べ……。それもこれもあの別れた彼氏のせいだよね分かってるさ………っ、の、馬鹿野郎ぉーー!!!」



誰もいない神社で思いきり叫ぶ。
端から見ればただの変な人だよ自分。じわっと浮かんだ目頭の涙を拭う。
駄目だな私。神社内でも歩いて、気持ちを落ち着かせようか私。


町の一角にある「夜刀<やとの>神社」は家から歩いて十分ほどの小規模の神社だ。
蛇だったか龍だったか、とりあえず蛇か龍を奉った神社であることは知っている。

夏はここで祭もするし、ここの神主さんの娘さんが私と同級生なのもあって、小さい頃から私はこの夜刀神社に世話になっていた。



「……年始明けだから東京に帰っちゃったしね。あいつも」



クビを切られて実家に帰ってきた私と違って、この神社の同級生は東京の大学で税理士になるために勉強しているらしく、よく私の所にメールが来ていた。



「……大学進学、したかったさ」



父は三年前に長年勤めていた仕事をクビになり、稼ぎ手のいなくなった家に貢献するために、私も高校卒業後すぐに働きに出た。

偶然にも職はすぐに見つかって、三年間は事務職に勤めていたのだけれど………。



「……どうしたらいいのよ。馬鹿」



三年間勤めていた仕事は不景気でクビ。その三年間の間に父も新しい仕事を見つけて実家に帰ってきたら、母が「今からでも大学行ったら?」と私に言って………それから喧嘩になった。



「嫌じゃんかよー。皆があと一年で卒業なのに私だけあと四年って」



それに今のご時世、高齢化社会が問題になって………私の入りたかった大学が廃校になっちゃったんだよねぇ。ははっ。もう笑うしかねぇや。畜生。


「新しい仕事探すにしても、新卒社員サービスはないわけですしー」


………あぁ、もう考えるのも鬱になりそう……。



「救いは三年間貯めたお金があるから暫くニート生活が出来るってことかねぇ」



そんなわけにもいかない。
はぁ、と溜め息一つで幸せ捨てて、神社の裏手に回って、ふと気付く。



「? あれ?なんか……地面に」



神社の裏手は鳥居のある表と違って土であることが多い。
お社<やしろ>をぐるりと石畳で覆って、その石畳から離れると土。みたいにね。



「………なんだろ、これ?」




私の視線の先には、場に似合わない一つの丸い鏡。鏡を支える土台はなく、くすんでいる。
覗き込むと顔の輪郭や目の位置などが分かる程度で、普通の鏡を曇らせたらこんな感じかな?とか思った。



「……これ、御神鏡とかいうやつじゃないの?本殿とか、ちっさい社に奉られてる……」



神社を小さい頃から遊び場にしていたからこそ分かる。
このくすんだ鏡は御神鏡。よく触ろうとして怒られたもの。



「何でこんな所に?あぁ、もう神主さんに渡さないといけないじゃんか」



地面に落ちている鏡に手を伸ばし、指先が鏡面に触れた。































瞬間


















ぱんっ!!って、リレーのスタートのピストルみたいに鏡が割れた。




「……………………ほわっつ?」





割れた?何が?鏡が?何で?静電気?鏡って電気通すっけ?
頭が混乱して真っ白になる。












「……………一つ言えることは…………………逃げよう」






好都合なことに鏡は欠片も残さないくらい粉々だ。頭が状況を理解しだして、さぁっと血の気が引いた。





「うわぁぁあ!なんてアンラッキーっ!?畜生!!おじさん私今日は帰ります!いないけどね!!」




後でちゃんと謝るからね!
と心の中で叫んで私は「夜刀神社」を走って後にしました。



















『………取られた』



薄く雪の積もった木の上から「それ」が微かに呟いた。



『…………取り戻さないと、な』







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