閑話休題
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年始は、どう足掻いたって、どんなに小さい神社だって人間が来てしまう。それが何より怖かった。
今年もありがとうございました。
来年もよろしくお願いします。
上辺だけの感謝を、俺の、冬のあまり機能しない頭に聞かせる人間が怖くて、恐ろしくて、毎年年始は社の中に引きこもる生活が続いていた。
「神様、お願いしますお願いします!!新しい就職先決まりますように!!」
なのに、毎年4日を過ぎてしまえば静かになった神社に今年は2ヶ月も前から毎日のように訪れる人間がいた。騒がしく、お願いしますと繰り返す女は、来る時間は違うが、必ず俺の神社に来て手を合わせていく。
それが、あいつ。雨宮柚希。
小さい時から姿は見ていた。
俺の神社の神主の娘と仲の良かった娘だ。
「あ。あとやっぱり彼氏も欲しいです。お願いします!」
それは願ったってどうにもならないぞ。自分でなんとかしろ。そうしてくれ。俺に構うな!
「でも、あれです。お父さんの仕事先決めてくれてありがとうございました」
何もしてない。人間というのは何もしない神に勝手に感謝して、勝手に恨む。
「仕事から帰ってきたときのお父さんの疲れたけどやりきった顔、久しぶりに見れました」
また、ありがとうございます。と繰り返す女は、自分が仕事を辞めさせられたことも忘れて、微笑んで熱心に手を合わせた。
その毒のない微笑みに、思わず俺も力が抜けた。あぁ、こいつは馬鹿なんだ。自分よりも他人を想う、人間として馬鹿な素直な人間。
だから顕現の鏡があいつの体に入った時、格段に驚きはしなかった。
……抜けないのには驚いたがな。
信仰心の強い人間ほど「邪悪」が見えない。「顕現」は「はっきりさせる」という意味で据えられた「前の神」の力の残りだ。
四鏡の内で唯一「聖」の性質を持っている。
「狂気」「滅却」「拒絶」
残った三鏡を抑えるために柚希には神社で働いてもらうことにした。
夜刀神社に他の神が訪れたがらないのは、この三鏡の性質のためでもある。弱い神は三鏡の作用する神域に入ると呑まれ、すぐに死んでしまうからだ。
だからこそ、顕現の鏡は必要だった。「狂気」と「滅却」を「顕現」ではっきりさせ、他者を「拒絶」することで、隔離状態に近い空間を生み出し、誰も入らない空間を作っている。
柚希が顕現の鏡として作用してくれたおかげで、この空間は壊れずに済んだのだが、当の本人は仕事が決まって良かったぐらいにしか思っていない。
それでいい。神の領域に踏み込むことは人間には許されていない。
俺に出来るのは「聖」の顕現の鏡で神域を維持させることと、「邪」の三鏡で力の抑え方も知らない無防備になった顕現の鏡を守ること。
「阿修羅、木の上にいる?」
「……………」
「返事してくれなくてもいいや。明日ちょっと離れた河の御影石の縄が切れたらしいの。替えに行くから明日いないよ。ヤモさんとイモさんと喧嘩しないでね」
「……いない、のか?」
「いないよ。」
「…待ってろ」
木から降りて、巫女姿の柚希の手に恐る恐る触れ、兵児帯で右手の手首をぎちりときつめに締めた。
手首に付いた赤い跡がふわりと浮かび上がり、細く赤いミサンガになる。
「一日くらいならこれで大丈夫だ」
「おぉお!神様から直にお守り貰った!」
子供みたいに笑って、柚希が巫女装束でくるりと回って喜んだ。
「帰ってきたら、阿修羅にもミサンガ作ってあげようか?」
「お前が?」
「ダメ?」
「いや………めだ、目立たない色なら、別に、か、構わない……」
「うん、分かった。了解!」
だから、その毒のない顔のままでいてくれ。素直で、馬鹿な人間のままでいてくれ。
それが初めて神(俺)が、人間に願った愚かな願い。