紫乃川





隣町と私の町を隔てるのは、大きい川。河の名前は「紫乃川<しのがわ>」。夏になれば子供たちが川遊びが出来るくらいには綺麗な川だった。

その川は上流を「瀬紀川<せきのがわ>」中流から下流までを「紫乃川」と呼び、中流の方に川の神様を奉った御影石がある。


「柚希ちゃん、久しぶりだねぇ。まぁまぁべっぴんになっちゃって!」


「あはは。おだてても何にも出ませんよ?」


今日はその御影石に掛かっている注連縄を直しに来たのだ。
直す旨を町長さんに伝えに行ったところ、ふくよかな体格と比例するようにおおらかな性格の町長の奥様と鉢合わせになり、紫乃川まで一緒に来たと、そういうわけである。


「ごめんなさいね、こういう時に主人が田中さんの所に将棋を差しに行っちゃってて。後で怒っておくから安心して!」


「安心させて頂きます。奥さんはこれからのご用事はないんですか?」


「柚希と川まで一緒に行ったら買い物に行くわ。後は可愛い巫女さんに頼むから平気」


差し入れはいる?と聞かれたので「新しい縄を掛けて燃やすだけですから、大丈夫です」と返す。


川原に着くと、奥様は「じゃあ、頼むわね」と手を振って私と明るく別れを告げた。
良い夫婦。まさにおしどり夫婦と称されるべきベストカップルである。

さて、話は紫乃川の話に戻しましょうか。


紫乃川の中流は、二十分程山側に歩いた場所にあり、御影石は川原に他の石に混じって安置されている。

高さは人間の平均身長の半分くらいだが、その幅が自動販売機ぐらいというので不思議がられている。

というのも、簡単な理科の問題だ。

上流にある岩は川の濁流に流され、下流に至るまでに水で削られ、岩同士がぶつかり砂になる。
中流の紫乃川も実の所、川の流れは下流と大して変わりはない。

故に川原には小さな小石が散乱している。大きな石でも、手の平サイズ程。

その中で一際大きい御影石。割れやすく、加工しやすいので有名な御影石が、一つだけぽつりとあった。


「それを見た人間が、勝手に神聖視したんだろう。か」


阿修羅が教えてくれたことだ。
御影石だけでなく、川原におおぬさを差したりするのも似たような理由らしい。


「あ。あった」


小石と雪の中にぽつりとある岩はよく目立つ。

御影石の雪を払い、手を合わせた。

一応私には「顕現の鏡」が入っているために土地の神様に挨拶はした方がいいとの阿修羅のアドバイスだ。

手を合わせて閉じた目を開くと、視界に入る右手の紅いミサンガ。


「(早く帰ってやらないとなぁ。どうせまたヤモさんとイモさんと喧嘩してるだろうし)」


既に腐りかけ、役目を終えた注連縄を外そうと手を掛けた。



『やと?』



「!?」



声がいきなり耳元から聞こえたことにびっくりして、思わず手にした注連縄を離してしまった。
急いで後ろを向くが、いつもの川の風景があるばかり。



「………い、一体何!?ホラーとか止めて、よ?」


視線を御影石に戻す。


ぱしん、ぱしっ、ぴしり。

静電気が発生したように私の周りに光が浮かんで、また声がした。




『君は、鏡。鏡は映すもの』





御影石を前にした私の肩に、誰か、何か、よく分からないものが乗る。手の感触に似ている、と思う。それが正解だと分かったのは、目の前に爪の異常に長い手が現れたから。


逃げようにも体は動かないし、背中には顔も見えない『何か』の胸板が当たる。




『映して、見て』



手が私の目を覆ったのと、私の意識が無くなったのはほとんど同時の事だった。










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