心機一転で開始します
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赤い緋袴と白の着物。それだけ。
冬にあるまじき寒々しい格好だが、職を見つけた嬉しさからかわくわく気分で境内の水拭きをする巫女が一人。私だ。
「……人間も来ないのに熱心だな」
近くの木の上から現れた夜刀の神様―――改め「阿修羅」は今日も今日とて白い兵児帯で顔を隠し、黒い着物の上から赤い羽織を羽織ってふぅ、と溜め息を吐いた。
阿修羅は、私が付けた名前。
「夜刀の神様」は呼び名。
真名という魂を縛る名前が神様にはあるらしいけど、教えてくれなかったので私が勝手に阿修羅と呼んだのだ。
どうして阿修羅かと言うと、特に意味はない。
神様らしい名前がいいなと思ったのでネットで引いたら「阿修羅」という神様がいるらしいので付けただけ。
「熱心にもなりますよー!うふふふ!だって地元で職見つかったんですからねぇ!ニート生活しないで済むし!!」
「……にーと?」
「仕事しないで扶養家族の世話になってる社会非適合人間のことですよ」
阿修羅の言う通り、夜刀神社への就職はすぐに決まった。
元々いた巫女様のお婆さんが、腰を痛めてしまったのだ。新しいバイトさんを募集しようかと、おじさんが悩んでいると、同級生(娘)から電話が入り、「なんか柚希が職なしで困ってんだよね。父さん、柚希を巫女さんにしたら?おばあちゃんも歳だしさ」と私を紹介してくれたらしい。いい奴だ。さすがマイフレンド!
そして私に声がかかり、勿論すぐにOKをだした。というわけなのです。
朱塗りの神社の柱を固く絞った雑巾で拭く。これが終わったら次は社の中。掃き掃除に拭き掃除。で、御神酒<おみき>とかを新しいのに取り替えて、注連縄やらの先に付いてる紙が壊れてないか確認してー………。
『真白の神〜!!』
『貴女様が黒き夜刀の神の社を清めるなど、なりませぬ!!』
「そういうわけにはいかないのですよ。ヤモさん、イモさん。これはお仕事。やらないと怒られるの」
流石に冬の拭き掃除は冷たい。
バケツの中身はぬるま湯だが、拭いている間に手に付いた水は気化して、手の体温を奪っていく。
「別に掃除するほど汚れていない」
「神様って穢れを嫌うんじゃないの?」
『夜刀の神は穢れなど気にはしませんよ』
『なにせ、我らとは対の立場にいますからな』
阿修羅は額に皺を寄せ、むっと不機嫌な顔になると、首の兵児帯をするすると伸ばし、イモさんとヤモさんを持ち上げた。………半端なく、高く。阿修羅が隠れている木の上よりも高い。
『何をするか貴様!』
『降ろせ!降ろさぬか!!』
「降ろしてもいいのか?ここで」
少なくても石畳から高さ八メートルほど離れている状態であんな小さい神様を落としたらどうなるのか…………。普通のヤモリとイモリなら……叩きつけられて終わりなのかな?………考えたくもない。
「ほらほらほら、喧嘩しないの君たちは!阿修羅、ヤモさんとイモさんを降ろして。「落として」じゃないよ。降ろすの。ゆっくりね。
ヤモさんとイモさんも阿修羅をあまり苛めないで」
『しかし真白の神!貴女様のお手を汚すわけにはいきませぬ!』
とイモさん。
「なら手伝って?注連縄とか何か壊れてないか確認しに行ってくれる?」
『………う。』
『それが真白の神の命ならば…………』
二人は本当に悔しそうに神社の境内の中を走り出した。尻尾が揺れる背中を見送ると、まだ木の上にいる阿修羅に視線をやった。
「な、何だ?」
「別になにも。ただ、ありがとう。私をここで働かせてくれて」
四鏡は一神と常に在る。
私の中に在る境内の鏡を自分から離さないためだと阿修羅は言うが、それでも職なしで悩んでいた私からしてみれば、快挙を成し遂げたぐらいに凄いことだ。
「鏡を返すまでだけど、よろしくお願いします!!」
「…………あぁ。……よろ、しく」
そうして始めて、阿修羅は私にほんの少しだけど笑ってくれたのです。