顕現の鏡
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ヤモリさんとイモリさんが息を飲むのが分かった。
怖いんだ。
黒い球体から現れた人間が。
夜刀の神と呼ばれた神様が。
怖い。
だらりと伸びきった黒い髪から覗く、人間には無い三つ目の赤い目。着物も黒。袷<あわせ>の部分から何枚も他の着物の袷が見えているのに普通の男性より細いのが一見して分かる。
………あれ私より細いよ。むしろガリガリ?
黒の着物を白い兵児帯<へこおび>で留め、首にも白い布の帯を何十にも巻き、肩に掛けているのは真紅の羽織。
肌は……白いを越えて微妙に青い。よくよく見ると、頬や素足の足などには魚のような鱗があった。
――夜刀神社は、蛇か龍を奉る神社。夜刀の神を奉るから、夜刀神社。
「「顕現の鏡」を、返せ」
低すぎず、高すぎず、脳髄に響くような色っぽい声に私が驚く。
『何のことでございますか?』
『我らは存じあげませんが?』
ヤモリさんとイモリさんは私の頬から手を離そうとしない。
「家護<いえもり>と井戸守<いどもり>。何をふざけている?」
白い兵児帯がヤモリさんとイモリさんを絡め取った。持ち上げられる小さい体。
小さい手が離れ、夜刀の神様が笑う。
「土地護<とちまもり>の神の力では「顕現の鏡」は隠れない。信仰を集めないとな」
ヤモリさんとイモリさんは私ごと「けんげんのかがみ」とやらを隠してくれていたらしい。
でもどうやら隠し切れなかったみたい。
なんかよく分かんないけど。
「あ、あぁあ、あの!!」
震える声で私は夜刀の神様に話し掛けた。これは天罰なんですね!御神鏡割っちゃって逃げてごめんなさい!って謝れってことなんですね!?
「御神鏡を割る気は無かったんです!ちゃんと神主さんに返そうとしたんです!!なんか私が盗んだみたいに聞こえるけど落ちてた御神鏡を拾おうとしたらぱーーん!て割れちゃっただけなんですよ!!それで頭真っ白になって卯年に合わせて兎みたいに逃げちゃっただけんですぅぅ!悪気はないけどごめんなさぁぁぁい!!!」
ベッドの上で土下座をする。
プライド?そんなものない。
天罰の方が怖いんだよ。
「………割れた?」
「ふぁい……ぐすっ、わ、割る気は無かったんですよぉ!」
夜刀の神様は何事かを考えると、私の顔を上げさせて、震える手で私の胸元と首の間に人差し指の爪先を刺した。
「………………は?」
さ・し・た?
「い、痛っ…………!」
『真白の神!』
『ええぃ!夜刀の神!我らが真白の神になんということを!』
「………くない。」
何か内側がむず痒いけど、痛くはない。ベッドから夜刀の神様を見上げると、………………必死な顔、してた。
「………た、頼む。あ、あぁ、あまり、うごっ、動かないでくれ!」
「……え。あ、うん」
お前が大丈夫か夜刀の神様。
むず痒いだけなので動かないで待っている。後ろの首に巻いた兵児帯の先ではヤモリさんとイモリさんが『真白の神ぃぃ!』とか『今お助けしますぞぉ!』とか小さく暴れてるじゃないか。
「………な、何でだ」
夜刀の神様が指先を引き抜いた。
「鏡が、抜けない」