私は、己の身の上が不遇だと思ったことはない。父がいて、母がいて、姉が一人と弟が一人。
母は常に父を毛嫌いし、葬式まがいの空気を顔を合わせる度に生み出す。
父はそんな母に呆れ帰り、母の気を逆撫でするよう反発する。
姉は他者に媚び、己が優位に立たないと気が済まず、弟に良い顔をするが、内心馬鹿にしている。
弟は母に甘やかされた影響からかワガママが常となった。
私?私のことなんてどうでもいいでしょう。だって私は母の慰め役で、父の同情役で、姉の優越感を満たす存在で、弟のワガママを遠回しに聞いてあげる。
そんな私に人格なんていらない。
「いらなくない」
彼はゆっくりと私の髪を撫でてくれて、心地よさに私はうっとりと目を閉じる。
「柚希はもっと笑うべきだ」
恐れしか知らない俺に代わって。と彼は続ける。彼が纏う白いマフラーが静かに揺れ、私を強引に引き寄せた。
「大丈夫だ。全て俺に任せろ。」
本当に?本当に任せて大丈夫?
「大丈夫だ。」
彼はそれだけを言った。
ねぇ、阿修羅。阿修羅に甘やかされるの、私すごく好きよ。だって今まで貰えなかったもの、全部貰える気がするもの。離れたくなくなるの。
だから、貴方が言うならきっともう大丈夫。心配事なんて何もない。
「心配事はなくなった」
数日の後に突如として彼はそう言った。相変わらず、厚着と白いマフラーとで私はまた本当に?と聞いた。
「もう柚希の顔は曇らせない。何なら今からお前の家に行こう。きっと歓迎してくれる」
そうしよう。と珍しく阿修羅は興奮したように私の手を引いた。私は阿修羅の「心配事はなくなった」って言葉を信じてたから、もう何も心配せずに笑っていた。
家には鍵がかかっていて、私は阿修羅とペアで買ったストラップの付いた鍵を取り出して鍵を開ける。
阿修羅は珍しく笑っていた。
優しく微笑んで「大丈夫」とだけ囁いた。扉を開ける。普段ならここで母の黒猫が出迎えてくれるのに、今日は来てくれない。
そろそろと靴を脱いで、リビングのスライド戸を開けた。
赤い
現状の率直な感想だ。リビングは天井も床も、壁も皆赤かった。母も父も姉も弟も床でバラバラになっていて、私は静かにその場にへたっ、とへたりこむ。
「ほら、大丈夫だ。もう、お前の顔を曇らせる奴はいない」
後ろから、阿修羅が抱き締めて私に囁いた。私は、壊れた人形みたいに笑って、ただ無感情に「うん」とだけ頷いた。泣きたかったのか、怒りたかったのか、嬉しかったのかは分からない。
「じゃあ阿修羅。笑ってあげる代わりに、私の話を聞いてくれる?」
「あぁ、なんでも。」
阿修羅に依存してるふりをして利用する私が、
一番汚い。
だから、殺してくれる?