裏も表も平等に、異能をまとめ、異能を愛し、綴り、手助けする者。
情報屋であり、財界のその人在りと言われた女は、僕(やつがれ)の向い側に座って優雅に樋口の出した珈琲を啜った。


「如何したのです?芥川殿?」

「恐ろしくはないのか、貴女は、僕が」


咳込みながら問えば、女はこれまた優雅な手つきで珈琲碗(コーヒーカップ)を卓子に置いた。僕の「全てを喰らう能力」たる「羅生門」は女の前では効果はないだろう。

女の苗字は岩波、全部の異能を綴る者。

異能を奪う、異能の者。

だが、それを除いても卑しきポートマフィアという身分に就いていれば、普通の女ならば臆するのが道理というものだ。


「私は死が恐ろしい、私は人が恐ろしい、私は無知が恐ろしい、私は暴力が恐ろしい、私は生が恐ろしい、私は私が恐ろしい、私は恐れを抱かずにはいられない。私は恐れと共に生きている。息をしながら害を撒き散らし、のうのうと異能の者を廻るのみ。そして、唯一異能に勝る私は異能の者は畏れない」


女の黒漆のように澄んだ眼球は、僕を映す。細く醜く、肉を失った躯(むくろ)のような僕を。

「岩波」


「おや珍しい、芥川殿が私の名前を呼ぶなんて。明日は雨か、いやはや、日照りに困っていた分、明日の雨は群集には嬉しいことこの上ない」


「貴女を「こちら側」に招待したい」


云うなれば、僕は彼岸の餓鬼か醜き黄泉軍(よもついくさ)で、女は此岸と彼岸の間、幽世のにある御霊の成り損ない。

ならば彼岸にまで堕ちて貰うのも一興ではないか。

「羅生門」が女の手前にあった卓子を喰い散らかした。岩波と僕の間に遮るものは何一つない。


「畏れ多い、私には無理だ。大体、私は異能の人間以外とはまともに噺も出来ないのに、人間の交流の多いポートマフィアに入れるとは思わないの、」


ざらりといつの間にか芥川殿の手に太い鎖が握られていた。
異能力は全て無効化されるなら、物理で攻める。ただそれだけのこと。



「蜘蛛の糸だ」


「蜘蛛の糸にしては太いですよ。」


蜘蛛の糸を垂らし、人間を救おうとしたお釈迦様、無碍にした人間。



「安心し給え、僕(やつがれ)は、糸を切られた程度で貴様を逃がす気はない」

「逃がしていただけるなら地獄の責め苦も甘んじて受けてあげるのに」


首や手に掛かる重々しい鎖に、柚希は諦めたように溜息を吐いた。


「地獄ならば、僕と何時までも」


「あら、随分な殺し文句」



暗い暗い闇の中、重くて切れない蜘蛛の糸に堕ちるように、女は目を閉じた。









―――切れない蜘蛛糸―――




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