今日も私は大好きな彼を見る。
彼は暗くなった部屋の隅で膝を抱えながら、包帯で繭を作っている。一睡もせず、食事も水分も取らず、何かを恐れるみたいに。ぶつぶつ、ぶつぶつぶつと同じ言葉を繰り返す。
『阿修羅』
どうせ聞こえてはいないだろう。
彼は自分のことで精一杯だ。
私は彼の名を呼ぶ。返事はない。
『体を壊すから、何か食べて』
返事はない。
いつもそう。彼は私に返事を返してくれない。
『阿修羅』
いい加減にこのやりとりも疲れてきて、真っ暗な中、私はため息を吐いた。
あぁ……頭が痛くなる。
『返事ぐらい、してよ』
また、返事はない。
そのとき、インターホンと一緒に乱暴に部屋のドアが叩かれた。
「あーしゅーらー!!死神様が呼んでるぜー!?勝手に入るぞ!?」
ばきん。と嫌な音がして、部屋に入ってきたのは彼のパートナー・ヴァジュラ。
「あーあ……随分と暗いな、しかもなんか臭ぇし……冷蔵庫の中身でも腐ってんのかおい。電気はっと……」
久しぶりに、部屋に電気が灯った。眩しくて目を閉じるが、違和感を感じてすぐに目を開く。
「……阿修羅?」
「………あぁ………ヴァジュラか」
「お前………なんだよ。これ」
目を、開く。
そこには、もう一人の私が、いた。
死神様が選んだのだという黒くて大きいテーブルに、手を胸の上で組んだ私が寝ている。
私は、寝ていない。部屋にいて、阿修羅の近くに座って、彼にいつもいつも、話しかけて……。
「柚希の死体だ」
彼は、あっけらかんと答えた。
今までの返事であるように。
「死体……だと?」
「あぁ。煩かったから、殺したんだ」
死体は死後時間が経過しているのか、ぐずぐずに腐っている。
丈が合わず、投げ出された足先から腐った肉が床にぼとぼと落ち、全身から沁み出したよくわからない液体には、どこから入ったのか蝿が集っているし、組んだ指先には黴が生えはじめている。
「死体をどうしていいか分からずに放っておいたら、酷いことになった…ヴァジュラ、片付けてくれ」
「阿修羅!お前、なんて馬鹿なことしたんだよ!?死神様のリストに載ってない奴を殺しちまったんだぞ!」
『……阿修羅』
「ずっと、聞こえるんだ」
「はぁっ!?何が!?」
「柚希が俺を呼ぶ声」
『そう、そうだった……今みたいに阿修羅の世話焼いて……阿修羅の恐怖心に触れちゃって……』
「俺が殺した」
初めて返してくれた返事は、罪を認めた返事。
「殺してから気付いた。
俺は、柚希が好きだった」
『あしゅ』
「なぁ、柚希」
阿修羅がようやく私を見た。
ヴァジュラも阿修羅の視線を追うが、ヴァジュラには私が見えていないようだ。
「死神に魂を管理されるのと、俺に食われるのなら、どちらがいい?」
私が選んだ答えは、一つだけ。
私を食べて
私を食べるためだけに、阿修羅はヴァジュラを食べました。
私は阿修羅に食べられて、阿修羅が死ぬまで一緒にいられます。