ジンの金属器の守護者。最後の砦。
第41迷宮<ダンジョン>フォカロルの最奥には、そう呼ばれるまだうら若き女性がいる。
彼女は慈悲深く、負かした相手が切に心から「帰りたい」と願うなら、迷宮の外へと帰してくれる。
それ以外を願うなら、迷宮の外へは決して帰さない。逃さない。
フォカロルを攻略しようとして帰ってきた冒険者がそう言っていた。
「お前がその砦か!」
嗚呼、変な男が来たものだ。
白く滑らかな肌を惜しげもなく出した女性――名をフォルトナ。彼女は酷くつまらなさそうに階段から降りると、目の前の男と対峙する。
男は目をきらきらと、まるで子供のように輝いていた。
「俺の名はシンドバッド!話は聞いているぞ金属器の守護者!」
「……私はフォルトナ。私に勝てば、ジンはもう目の前」
手の平を宙に向けると、ふぉん、と空気が揺らぎ、その小さくて白い手には似合わない、大きな両手斧が握られた。
「いきます、よ!」
断頭の刑を執行するかのように降り下ろされた斧は簡単に床の大理石を砕き、粉がシンドバッドの視界を塞ぐ。
あとは腕を砕くだけ。と斧を持ち上げようとしたが、斧はぴくりとも動かない。
「(え?)」
空気よりも比重の重い石の粉は、目隠しにしても数秒しかもたない。
斧の柄の上に乗っているのは、青い巨人の腕。腕は更に力を込めて、床に斧の先を埋めていく。
抜けないように。戦えないように。
「!?」
「バァル、もういい」
煙か、霞か、消えてしまった巨人の腕。シンドバッドと名乗った男は遠慮もなくフォルトナの元に大股で歩いてくると、鞘に入れた剣をフォルトナの首筋に当てた。
「俺の勝ちだ」
「……ずるいです。まさか、他の迷宮のジンを持ってるなんて」
「すまないな。でも、勝ちは勝ちだろう?」
「………。フォカロルはこの奥におられます」
斧から手を離すと、斧も消え、フォルトナは階段を上りきり、平面になっている少しのスペースにちょこんと座ってしまう。
「……お前は行かないのか?」
「番人は中には入りません」
「案内は」
「そんなもの必要ありませんよ。一本道ですから」
「ジンがいなくなったら、お前はどうする?迷宮は消えるんだぞ?」
「私も消えます」
何を言っているのだろうか。
自分はフォカロルに作られた、謂わば眷属器。使い手がいなければ消えるのは当たり前じゃないか。
「フォルトナと言ったな」
「えぇ」
「俺と一緒に来い!」
「………?貴方が私の使い手になると?」
金属器を持つのに眷属器は必要ないのでは?という疑問はまたシンドバッドに大股で近付かれ、担ぎ上げられたことで抱けなくなった。
「お前はもう少し世間を見た方がいい。俺はこの迷宮を攻略<クリア>したら第42迷宮に行くつもりだ。ついてこい!」
「ばっ、下ろしなさい!」
「いいや降ろさない!フォカロルと眷属器のお嬢さんを手に入れられて本当によかった。これだから冒険は止められない!」
「降ろしな、降ろせ、降ろせってばぁーっ!!」
とんでもないやつに捕まってしまった
「………というのが妻のフォルトナとの出会いでね」
「「へぇー……」」
「アラジンさん、アリババさん。関心しないで下さい。良く考えて下さい、拉致られたんですよ。私」
「でもそのおかげで二人は幸せそうじゃないか!」
「アラジンさ……」
「よし、フォルトナ!これから夫婦で積もる話もあるだろうから部屋に戻ろうか!」
「は?ちょっ!?また人を担ぎ上げて……シン、降ろしなさいな!ひ、一人で歩けますから!!シン!」
「はっはっはー。聞こえないぞー!」
「聞こえているじゃないですかぁぁ!!」
実はこの生活が楽しいとか。
言ってはやらないけど。