※破壊神夢主
2月14日。
俗に言うバレンタインデー。
某お菓子メーカーの作った噂に踊らされた女の人たちが、男共にチョコをあげて想いを伝える日。
なのは日本だけの話である。
外国では本とか薔薇を男性から女性に送るのが一般的。
更に根本を辿ると、結婚したくても出来ない人たちのためにこっそり結婚させてあげていた聖職者・バレンタインさんの処刑の日。
バレンタインって怖いね。
「(……まぁ、私と阿修羅には関係ないか……あの猜疑心の塊がはいどうぞでチョコなんて食べるわけないし。一緒に食事なんて……まず阿修羅外出れないし)」
「柚希は誰かにチョコあげないの?」
「マリー……。私は日本のお菓子メーカーに踊らされるほど暇じゃないのさ」
「……アンタ、私より歳上なんだから早くいい男見つけなさいよね!」
「いい男………ねぇ」
ラムネ味の棒付きキャンディーが、口の中で欠けた。
「……うん、まぁ、頑張ってみるよ。……七年間も、会えなかったんだし」
「え?」
「何でもない。じゃあ今日は愛しい黒猫のために早く帰るね。」
「黒猫?ちょっ、動物にチョコはあげちゃダメだからね!」
ひらひらと、後ろからのマリーの声に手を振って返事をする。帰路の道は、すでに夕暮れ。
しかも、まだ冬の余韻が残ってて、寒い。
「今日の晩に阿修羅にココアでも淹れてやろうか」
な。
と言葉が続く前に、ふと足を止める。
「……いいこと思いついた!」
七年ぶりにいいことを思いついた。来た道を踵を返して戻り、途中でマリーとまた会って、珍しく私からマリーを買い物に誘ったのだ。
これから迎えるであろう2月14日の寒い夜のために。
***
鬼神復活の折、デスシティから逃げ出したと思われていた阿修羅は、デスシティの外れ、魔女の魂を奪いデスサイズになった破壊神・柚希の元で身を隠して暮らしていた。
封印されていた日数を数え、二十年以上の幼なじみである柚希を、阿修羅は無条件で気を許していたし、柚希も幼なじみ兼恋人である阿修羅の復活を信じていたからか、互いに信用は厚い。
つまり何が言いたいかと言うと、阿修羅は柚希だけは信用していると、そういうことを言いたい。
「ごちそうさま」
「お粗末様」
ハンバーグとサラダ、パンと、スープというファミレスのセットメニューにありがちなメニューを簡単に作り上げ、それを多少ビクビクしながらも阿修羅はちゃんとたべきった。
これでこのガリガリが直ればいいんけど……。
「? 何だ?」
「別に。ちょっとは阿修羅が肥えてくれればなって思ったの」
食器を片付けに立ち上がり、大まかな汚れを流して食器洗い器に入れる。
小さなお鍋に、牛乳と砂糖を入れて弱火にかけ、もう一つのガス台に水を張って強火にかける。
「まだ何か作るのか?」
「寒かったから飲み物でも作ろうかなって。阿修羅も飲むでしょ?」
「……毒は「入ってるわけないでしょ。いい加減疑うの止めなさい?」………はい」
お湯ができたら火を止めて、ボウルをお湯で温め、その中に適当にチョコを淹れる。湯煎でとろりと溶けたチョコと、人肌よりも少し熱い牛乳が、完成。
がさりと、包装紙に包まれたマグカップに、溶けたチョコと暖めた牛乳を入れて、よく混ぜる。
「2月14日にちなんでホットチョコの完成でーす。」
「また珍しいものが……」
「阿修羅、早くカップ持ってみて!ほら!」
強引に押し付けられたマグカップを持って、ふと気付く。
………白い陶器の表面に紅いラインが二本。クロスするように入っている。シンプルながら凝らない。かっこいいデザインだった。
「こんなカップあったか?」
「バレンタインのプレゼント!」
阿修羅の食器類はお客さん用で賄っていた。一人暮らしの悲しい性。しかし阿修羅が私の家に暮らすなら、常にお客さん用を出すわけにもいかない。
「ハッピーバレンタイン。阿修羅。七年分、こうして埋められたらいいね」
「………」
阿修羅はマグカップの中身を飲むと、ちょっと眉を寄せ、そのまま、ちゅ、と私と自分の唇を重ね合わせた。阿修羅の唇からのチョコの味に、びっくりした。
甘い。
分量を間違えたみたい。
甘すぎる。
「あっま……」
「ホワイトデーは、もっと甘いからな」
「え?」
「来月が楽しみだ」
珍しくSのスイッチが入った阿修羅に、私は身の危険を感じました。
その夜?
その夜のことは………マグカップにでも聞いてください。
語りたくありません。
バレンタイン!
七年分のバレンタインを一気にね!