「阿修羅」
「はい。師匠」
「まだ見つからないか?」
「……はい」
師匠の机には先月に入ってからの行方不明者の写真が広がっていた。老若男女……いや、老いた人間はいない。全員がそれなりに若く、平均は二十歳前後といったところの男女が行方不明になっていた。
「魂の反応もなし。接点と言えば若いというだけ。……魔女の可能性も考えておけ」
「はい」
そういえば柚希も二十歳前だったか。あの屋敷に詰められているが、いつ何があるとも限らないな。一応、警告しに行ってやるか。
「そういえば阿修羅。この頃帰りにあの「花屋敷」に通っているらしいな」
「なんっ……!?……師匠、その情報はどこから!?」
「ヴァジュラだ」
「あいつ……………………殺す」
師匠は珍しく笑うと、昔話をするように花屋敷について語り出した。
花屋敷は元々、「華御前」という女性が子を失った悲しみに狂った際、夫が養生のために作った屋敷だという。ヨーロッパ風の屋敷は華御前の目を楽しませ、色とりどりの花は華御前の狂気を抑えていた。
そんな時、ついに華御前が二人目の子供を妊娠する。生まれた子供はすくすくと成長し、華御前も一人目を失った悲しみを忘れて生活した。夫が死に、華御前は死に、残った子供はどこぞへと婿入りした。
花の咲き乱れる屋敷。
夫が妻を狂気から救うために作った屋敷。
花屋敷はそれ故に「花で狂気を抑える屋敷」となった。
「………狂気を抑える?」
「屋敷に「囲われた者」の狂気、異常行動の活動範囲を囲う。それが花屋敷の存在意義だ。入り浸るなとは言わんが、気を付けろ」
「………はい」
屋敷に囲われた者。これは否定することなく柚希だ。監視する使用人たちが良い例だろう。
彼女は、狂っている?
その彼女を治すために、花屋敷に囲う。
…………どこが狂っている?
………ただ勘当されただけじゃないのか?
「…………」
***
「あ。いらっしゃいな。阿修羅」
気が付くと、また花屋敷に来ていた。柚希が手入れしていたのは先日言っていた赤い薔薇。鼻歌を歌いながらぱちん、ぱちんと余計な枝葉を切っていく。
「はい、阿修羅。約束の薔薇ね」
ぱちんと切り落とした薔薇の一輪をまた髪に指した。その時、棘が軽く耳をかする。
「っ!?」
「阿修羅?あ!ごめん、棘かすった!?血軽く出たなぁ………ごめん、今止血するから」
「大丈夫だ!だ、だから俺に触るな!!」
はた、と柚希の手が静止し、屋敷の中に戻ると、救急箱をはい。と俺に渡した。ちょっと怒ったようにも見えるのは、気のせいか……?
「自分で止血できるよね?」
「あぁ……」
「なら、頑張って」
またぱちん、ぱちんと剪定作業に戻った柚希。俺は柚希の出したものだから、と警戒し、ビクビクしながらコットンを傷に当てた。
「………柚希」
「なぁに?」
「この屋敷――花屋敷なんだが」
「うん。私の両親が私を閉じ込めた屋敷ね。だから私は出ちゃダメなの。で、それがどうかした?」
「……花屋敷は狂気を抑える屋敷だと聞いた」
「………そう。だから私は出ちゃダメなのよ。何がおかしいのかしら?ただ花を植えてるだけなのに」
「……一つ、聞く」
「何?」
「お前は人を殺したことがあるか?」
その俺の質問に柚希は溜めに貯めて、
「あーあ。バレちゃった」
手の先を、熊手のように変形させた。
「母親をね、殺しちゃったの。喧嘩しちゃって。武器になった手で思いきり殴っちゃったの」
父はその事実が露見することを恐れて私を花屋敷に閉じ込めた。
「でもねぇ、他人を思いきり殴る感触が忘れられないのよ。だから、『たまーに他人を屋敷に招いて殴るの』」
「!?」
「魂は美味しいわよ。死体は、花の中ってね」
庭の花壇の数を急いで数えた。
そして驚愕する。
「お前、まさか……」
花壇が増える度に増える蝿。
減る人間。若い人間。栄養のある肥料。
「今までの事件は、全部……?」
「だって、殺したくて堪らないんだもの」
阿修羅は、突如、体が痺れて動き難いのに気が付いた。
「知ってた?薔薇の棘には毒があるの」
大変だったのよ?毒を塗るの。と柚希は続けた。
「阿修羅は、どんな花を咲かせてくれるのかな?」
――――熊手が振り上げられた。
阿修羅に似合う、赤い花。わざわざ日本から取り寄せたの。彼岸花。貴方のためにこれからは赤い花を植え続けようね。
「花海に沈む」
私を抑える花一輪。
もう貴方を離さない。
花になって、ずっと一緒ね。