近所に「花屋敷」と称される屋敷があった。庭や玄関にたくさんの花が植えてあるのでその名が付いたらしい。住んでいるのは、両親から勘当された娘とその娘を見張るように居る、屋敷の使用人のみ。
その屋敷の娘――柚希と仲良く?なったのは一ヶ月ほど前のことだった。きっかけといえば、彼女と使用人の喧嘩で柚希がキレて水をぶちまけた所に俺がいた。………というベタなものだった。
俺はその後逃げるように立ち去って、柚希が追いかけて俺を捕まえた。
「待って、待ってってば!!ダメですよ、そんな格好してたら風邪引きますっ!!」
着替えだけ。という条件で俺は柚希の屋敷に訪れたのだ。それがきっかけ。
それから何度か屋敷に招待され、紅茶を出すが飲まない。お菓子を出すが食べない。という俺を見て、やがて柚希も食べ物や飲み物を出すことを止めた。
ただ語り合って、ただ笑い合って、彼女を恐ろしいと感じたが、それはやがて無邪気な彼女を監視する使用人たちの恐怖に塗りつぶされた。
「阿修羅、外に出よう!今日はお天気良いし、阿修羅に新しい花を見せたいの!!」
その視線から逃れるように柚希は俺の手を引いて中庭に出た。色とりどりの花が迎えてくれる中、花に不釣り合いな蝿が鼻先を掠めた。
「阿修羅、阿修羅はどの花が好き?」
「花は、あまり知らない」
「どれが好きかだけ、教えてくれてもいいんじゃないの?」
「…………なら、この花がいい。」
指差したのは赤い花だった。
柚希はうんうんと頷いて、「阿修羅の目の色と一緒だね」と満足気に一本をへし折った。
「はい。あげる」
「い、いや、いらん!と、棘が刺さって死んだらどうするんだ!!」
「棘が刺さって死ぬなんてあり得ないわよ」
「毒が塗ってあったらどうする!?」
「残念でした、この花に棘はないの。毒は……食べればあるけど、持つには問題ないわ」
柚希は俺の髪に無理矢理赤い花を髪に挿すと、似合うね、と笑って花に水やりの準備をし始める。
「次は赤い薔薇でも植えようかな?阿修羅の目みたいな、赤い色の薔薇」
「………」
「綺麗に咲かせてあげるんだから!栄養たっぷりの肥料と、いっぱいの世話と、いっぱいの費用をかけて!」
暫くしたら赤い薔薇が屋敷に咲いて、また暫くしたら別な花が咲くのだろう。俺は肩を竦めると柚希から水やり用のジョウロを手渡され、その日は花の説明を聞きながらの花の世話日となった。
嗚呼、こんな日も悪くはない。
やはり彼女にはまだ恐怖はあるものの、それもいずれ…………長い時間はかかるが薄れてくれると信じている自分がいる。