青益


※R18
青→→←益→→→榎






煙草をくゆらす、それが、合図。
乱暴に釦を外して布団に押し倒した。
「あ、あ」益田が呻くような声をあげる。薄い唇に噛み付くようにくちづけるのはもう慣れた。
青木が唇を這わすからだに鳥肌がたっていく。性器は立ち上がっている。尖った乳首を噛む。益田は息を詰めて腰を浮かせる。
何か言いかけた気がした唇に指をさし入れれば、ぬるりとした舌が舐める。ん、ん、必死に舐めるものだから口の端から涎が垂れていく。興奮している。目が潤んでいる。
「いぬみたいだ」
そう指弾すると男の息は揺れた。常の軽薄そうなばかっぽいかおは剥がれて、益田は只の弱いよわい獣にもどる。頭の悪い、言うことを聞くだけの、そうしてひどい、と言って泣くだけの、かわいそうな畜生になる。ああ、あおきさん、あおきさん、あおきさん。青木の名前を呼んで欲情するだけの生き物になる。


骨張った意外に厚い青木の掌がからだを撫でる。おとことかおんなとか、正常だとか異常だとか。そういう線引きはとうに益田の中で意味を喪失していた。混濁していく。何もかもがぐじゃぐじゃに、ないまぜになってからだを這い、神経を蝕み脳を蕩けさせる。わかりやすいものだけをそばに置きたかった。なにもかもわからなくなりたい。馬鹿になりたい、愚者におちたい。
「ん、んあ、あ」
涎をシイツに浸みさせる。涙も、涎も、精液も、鼓動も孤独も恋心も。みんなないまぜにして棄てられたらいい。目なんて見えなきゃいいのに。声なんて出なきゃいい、心なんて壊れてしまえばいい。もろもろと現実が崩おれてゆく。亀裂がはいり、氷解し、砕けて流れ去る。そして益田は人間としての機能をなくした、考えることをせぬ犬になる。
青木とこうしている時間がすきだ。なくしてしまえばいい。どうせ元から大した価値があるわけじゃない。みんなみんな潰えれば良かった。いっそのこと始めから無ければよかった。
「ころしてください青木さん、青木さん、青木さん、ころして」
耳をついたその細い声に青木は行為を中断した。後背位だったので顔は見えなかったけれど、声は泣いているように聞こえた。実際益田はよく泣いた。普段は乾いた目をして、渇いた笑いを振り撒きながら、こうするときにはいつも泣いた。哀れであった。
恋も愛も、そういうピンクはこの彩色の上には載らない。あるのは藍、ひえついたにびいろ、泣き出す寸前の曇天の塞ぎ。行き詰まっている。始まった段階で終わりなんてわかりきっていた。どうしようもない関係にもたらされるのはそれ相応の終り方でしかない。
幾度死を願われたことだろう。数え切れない。益田が言う。
「終りなんてないなんて耐えられない」
男の性器は萎えている。青木は自分のそれを引き抜くと益田を振り向かせた。泣いている。涙のあとがついている。とろりとした目は幸福そうに笑っていた。そう見えた。
「ころして」
しゃくりあげるように男は口にした。反芻する姿は機械か鸚鵡のようにも見える。肋がわかるほど痩せた体。つらい。軽薄な口がそうつぶやいた。
「どこにもいけない」

彼は。
泣きたいのだろうか。
愛しいのだろうか。
恋しいのだろうか。
悔いたいのだろうか。
赦してほしいのだろうか。
益田の絶望がどれなのか青木にはわからない。そうする間にも皮一枚を隔てて男は泣いた。
「つらいんです、こわいんです、いやなんです、みんな遠い、みんな、違うんです、ちがう」
青木は手を伸ばした。首を、首を。ほそいほそい益田の首を。目を合わせながら押し倒して体重をかけてその首を絞めた。

激しく咳込んで益田は、力を緩めた青木の体を突き飛ばした。その手を避けて青木は男から離れる。振り乱れる髪。ぱさぱさと音をたてる。剥き出した目。
喉の奥で青木は自嘲した。通じるわけがない。こんなことで伝えられるわけがないのに。
ひゅうひゅうと鳴る喉の音がおさまるまで、青木は益田を抱いてやった。死ぬのなど諦めればいい。諦めて大人しく僕の傍にいればいい。
囁くように益田は言った。
「あなたに殺してもらえれば楽になれる気がしたんです」
ごめんなさい。
乾いた唇から出る声は老人のそれのようだった。
泣いている。泣いている。益田が熱い息を吐きだして甘い嗚咽を啜っている。なみだが頬を伝いおちていく。引き絞るような声が空気を震わせている。
絶望が垂れ幕を引き裂いてぱっくりと口を開け笑っていた。震えている。青木の手に重ねられた彼の手は小刻みに揺れている。白い首には指のあとがついていた。
「こわい」
――まるで溺れている者のようだ。
生が怖いと男は泣く。青木は益田がいとおしい。その弱さがいじましい。生きながら生に怯える可愛そうな益田龍一。笑いながら震わせる瞼、鞭を振る折れそうに細い指、冗談まじりに一途を漏らす唇。
彼が嫌だった。どこまでも青木のものにはならず、榎木津を見続けている彼が。その苦しさゆえに使徒は死を希うのだ。憎らしくて、哀しくて、可愛くて、食い殺してしまいたいと思う。優しくしてやりたい、だがそれと同時にひどく傷つけたくもなる。
彼は。
悔いたいのだろうか。嘲けられたいのだろうか。泣きたいのだろうか。笑いたいのだろうか。逃げたいのだろうか。終らせてほしいのだろうか。
なぜ僕に死をねだる?
体だけは何度だって繋げていて、それなのに心が遠い。何をしたって結局ふたりは独りと独りのまま変わらない、抱き合ったってくちづけあったって、心は添わぬまま、ただただすれ違って離れていく。
かみさまは君なんていらないってさ。
喉の奥まで出かかった声を青木は無理矢理飲み下した。背中には益田の爪痕がついていて、益田の首には青木の指の痣があった。自嘲する。ぼくらは傷つけ合うだけの残る逢瀬をあと幾度繰り返せば、気が済むというのだろう。
さむいと益田が呟いた。掛け布団を寄せて青木に身をすりよせてくる。睦みあった布団のなかだけがぬるま湯のように温かかった。
冬の外は寒いからどうしようもなく縺れ合ってしまうのだろうか。そうならば暖かくなるまではこうしていても許されるだろうか。せめてそうであればいいと思う。煙草の燃えさしが灰皿の上で消えかけている。燻ったそれを揉み消して、青木は布団に潜り込んだ。




111209





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