暗闇で遊ぶ


※青木も益田もどうしようもない
※※青木暴力














ますだが言った。
じゃあ、あなたがすきです。
撲りつけた。
反射的な行為で嫌悪以上の何物でもない、身のうちに湧くのはこのきたないいい加減な男へのたとえば憎悪だとか生理的な拒絶だった。
ずる、壁に体を打ってきゃしゃなかるい男はうずくまりひどいなあといおうとした。この男の笑う顔は嫌いだ。大嫌いだ。兆したのは酷く激しい厭悪で、いっそ現実味が感ぜられないほどだった。聞きたくもない言葉を遮るようにして君なんかいなければいいと思うよ、と言葉を浴びせた、ひどく嗜虐的な気分でどうしたらこいつが傷つくだろうと醜い自分はそれを血眼になって捜す。否定したい否定したい否定したい、こいつの存在、馬鹿で愚かで、気持ち悪くていやらしくて下らなくて矮小で汚らしくて、なんて気持ち悪いんだろう気持ち悪い気持ち悪い、「気持ち悪い」
思いすぎて思わずそのまま口にでた。
男の口の端が切れ血の滲むのがみえる。吊り目がちの細い目、高い鼻先、薄い唇に尖るあご、すべてが絡み付くように不快だ、厭わしかった、厭わしくて厭わしくて気がちがう。死ねばいいのにねきみなんて、青木は言った、言って笑った、笑ってやった。非道いことをしていると思った、こいつがいっそ怒れば救われもするだろうけれどそんなことはこいつはしない、しないのだ、だから自分とこいつとの関係は底無し沼に浸かってゆく。
案の定馬鹿男はわらおうとする。すくなくとも唇を笑みのかたちにゆがませた。青木はこんなものが笑顔だなどとは認めない。
「そういうふうにいわれるの、すきです」
かすれた声だった。
おちていく。どうしたらそんなにねじまがるのか青木は知りたくもない、興味もない、ただただこの人間が嫌いで嫌いでだいきらいでこのまま消えてしまえばいいとさえ思ってそのまま口に出した。
「君なんていなけりゃいい。誰も困らないでしょう。あのひとだって」
彼の表情は凍った、だから青木は続けた、あのひとだって気づきも――しないでしょ。いっそ泣いたらいいと思った、泣いてくれたらいい、少しは同情もできるかもしれなかった、憐れみだってそれはこんな憎悪よりはましなものだと思う。
男がいう。
「知ってますいいんですそれで――」
囁くように小さな声。
「馬鹿じゃないの」
なんでこんなにいらつくんだろう。分からなかった、ただ気がつくと腕を振り上げて益田の頬を叩いていた、歯が折れるかもしれないとか舌を噛むかもしれないとかそういう気遣いなど微塵も心を過ぎらず、ひどく迷いなく青木は益田をぶって、一度打つと止まらなくて何度も何度も頬を張っていた、赤が散ってそれを見て青木はぎょっとして腕を止めた。
青木の下で男は――益田龍一は――薄らと目を開いて青木を見ていた。涙がにじんで、頬は真っ赤で、目はうつろで、けれど唇だけは、笑んでいた、笑っていた、ぞっとした、同時になぜだかひどく哀しくなった。
「―――」

視線が交錯する。

反らしたのは青木で、そうして青木はゆっくりと、益田の上から退いた。
益田はずるり、と体を動かす。腕を汚い床について起き上がる。涙を堪えているのか、それとも何も思っていないのだろうか、人形のように表情が無かった。頬と唇は赤く腫れあがりつつある。痛いだろうなと青木は他人事のように思う。
「―なんで僕なわけ」
発した声は裏返り高くなっていってまるで泣き声であるかのように響いた。益田はふと驚いて青木を見る。頬がじくじくと痛かったが無視しようと思えばできるほどのものだった。
「ほかにも、いるでしょ」
男は黙って俯くと長い前髪を垂らす。
公僕の制服に身を包んだ男はことばを繰り返した。
「なんで、僕なんか選ぶんです、か」
益田はひたりと口を閉ざす。青木は殆ど独白のように続けた。
「もう二度と来ないでください、僕の視界に入らないでください、もう、二度とあんたになんか会いたくない」
汚く静まりかえった場所は暴力的なまでにその言葉を響かせて、やせた男はふと耳が痛いと思った。冷えた空気が痛く揺れて鼓膜を直接打ちつけている。痛みとか悲しみとか、それらがどんな意味をもつものなのかとか、男はとっくにわからなくなっていた。あるのは、冷笑、神様から与えられるみたいな、軽蔑、それらはよく手に馴染んでいた。

青木はゆらりと立ち上がって出て行った。
益田はひゅうひゅうと呼吸のたびに音をたてる咽を無視して壁に寄り掛かった。ポケットからひしゃげた煙草の箱を取り出して火をつける。ひどく沁みた。汚い天井を仰ぎ見て、穢れた煙を吐いた。
会いたくないなら殺せばいいのに、ああでもそうしてもくれないんだな、そう思うと少しだけ悲しくなって、おまけみたいに涙がでた。



120318加筆修整アップ

ごみ箱発掘シリーズ
場所は確か公衆便所のつもりでした




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