一夜の沙汰でありました


※えろあり










ちゅっ、と音をたて、彼の唇に吸い付いた。
目を閉じて彼はくちづけに応じる。舌を合わせるときの必死な顔が好きだ。益田の唾液は、仄かにあまい。少なくとも青木にはそう思われる。細い指に自分の指を絡めて、二人は座ったままキスを続けた。顎から唾液が垂れる。よく動く口を縫いつけ、益田は青木との情事に集中する。チカチカと電灯が瞬き、窓からは暗闇だけが覗いた。青木は益田を抱きすくめる。自分でひ弱だと言うだけあって、その体はかなり華奢だった。刑事時代の想像がつかない。これで犯人を取り押さえたりなど出来たのだろうか。殴られれば一発で昏倒してしまいそうな気がする。
「ねえ」
「はい?」
大人しく青木の胸におさまり、益田が返事をする。顔は見えない。ただその声は静かだった。冷たいというのではなく、落ち着いた声だった。
「こんな細かったの、刑事のときから」
部屋は水を打ったように静かだった。時たま車の走る音が聞こえてくるだけだ。
「そう、ですねえ」
益田は思案するように言う。その微かな息遣いに青木は耳を澄ませている。益田の耳のかたちがよく判った。
「でも、痩せたかもしれないですね」
夜が関係に滲み行って、ぼくらの湿度を高くする。抱き合うのが丁度よい。秋。どこか沁みてゆく。恋というのが溶けてぼくたちの空気が濡れる。
「ますだくん――」
青木は堪らなくなって、彼の名を呼ぶと再び口づけた。せつなくて、哀しくて、彼が好きだと思った。ちゅう、ちゅっ、ちゅっ、唇が恥ずかしいほどあまい音を鳴らした。益田が唇を離す。縋るような目で追うと、益田は微かに笑った。
「―さみしいの?」
さみしい―それが含む湿り気はこの夜にふさわしかった。
「―うん、さみしい」
「ふふ、かわいいなああおきさん」
ぎこちなく益田は笑ってそう言って、指を絡ませ直した。目をつむり口づけるのを誘う。青木は素直に誘われて唇を重ねた。
触れれば触れるだけ、寒さが染みるようで、それはどこか青木を煽る。
「ん、すき、すきだ、」
「んは、なんです、急に、ん」
口づけの合間を縫うように彼に囁いて、再び合わせた。ちゅ、ちゅ、ちゅう。独身男性の部屋の中にはそぐわない濡れた音。
細い肩を掻き抱いて、青木は益田を押し倒す。熱、細い身体、安物の背広に包まれた。男の、細い、みっともない―
夜が冷えて濡れていく。

「あ、すき、あ、っぁ」
益田は高い声を出した。
蒲団の上で大の男二人が絡み合う、それは滑稽で、そして惨めに見える。
「ほんとう?」
青木は目を伏せて、下に組み敷いた彼に尋ねた。ほんとうは虐めたかったけれど、しかし夜は青木をどこか突き放して、益田に縋ろうとさせていた、時が流れる、ああまるで泪みたいに落ちる。せつない。
「っうん、あ、はあ」
「ねえ、こたえて、」
腰を打ち付けて青木は尋く、その度に益田の身体はびくびくとしなった。
「あ、ああ、きもち、いい、っあ、あ」
「ねえ益田くん、」
ねぶる。布団の中で殆どぴったりと身体を密着させて青木は問う。快感を追うのにいっぱいになっている彼を無理矢理ひきとめて聞いた。何度も何度も。
「すき、僕のこと、」
「ん、すき、あ、うん、あおき、さん、すき」
良さそうに蕩けた顔で言う。ほんとう?ほんと?どのくらい?
本当に確認したいなら、セックスなんかしながらではいけない。それなのに、身体を合わせなければ歯痒くてつらくてやっていられない。青木だって気持ち好い、気持ち好いからこそ聞いて確かめておきたいのに。
「あ、すき、いちばん」
「誰が?」
益田は一瞬驚いたような顔をした。唾液が口の端から流れている、勿体ない。青木はそれを吸う。薄い唇。胸が合う。
「え、言うんですか、そんなこと、」
細い目が青木をうつす。
「うん―ごめん、おねがい、」
「…、」
潤んだ目を泳がせる。
「早く」
「う――、ぶ、」
「うん」
「ぶんぞう、さんが」
「ぶんぞうさん、が?」
鼻がくっつきそうな距離で急かす。くしゃりと泣きそうに歪んだ顔が可愛らしい。
「あ、すきです、あっ、だいすきです、」
「うん、僕も」
りゅういちくんがとてもすきだよ―せつなさが、流星のようにながれていく。ぼくら、は孤独。だからきみが欲しい、欲しくなる。熱を、君を、情交を、散らして求める。
恋という縄に繋がれて、どちらが従主だか知れない。どちらがどちらに捕われているのか判らない。情けなく見苦しい恥ずべきことだというのに、ああどうだろう、半ば進んで溺れている。泣きそうになるくらい相手を乞うて。みっともない、なのに何でだろう、喜びがある、君と深く関われて嬉しいのだ。


差し込む陽光に目が覚めた。隣に益田が寝ていた。涎を垂らして。青木は時計を見る。五時四十分―もぞもぞと布団から這い出して、青木は服を着替えた。顔を洗い髭を反る。夜は明けたのだと思った。
益田の体をゆする。
「――」
「起きて」
「…」
「起きて」
「―」
「起きろ」
布団を剥ぐと裸身でびびった。白い身体にいくつもキスの痕が残っていた。青木はそこから目を逸らして益田の鼻をつまむ。何秒か後に益田はばちりと目を開けた。
「―っほ、げほ、っ朝っぱらから殺人未遂ですか公僕さん、」
「僕早番だから、もう出るから」
ひたり、と彼の表情が止まった。
「…あ、そうですか、ご苦労様です」
こういうところが健気だと思う。口が裂けても言わないけれど。
「あ、ネクタイ締めてくれる」
「いいですよ」
半身を布団に潜らせている彼の前に青木はしゃがんだ。
益田は手慣れた動きでネクタイを締めて、おわりましたよ、と小さく言う。
「うん」
動かない青木に益田が聞く。
「なんです?」
青木は言葉を探した。
「―じゃあ、また夜に」
「そう、ですね」
さようなら、益田は意地悪くもそう言った。流石に自分を殺すのが上手いと思った。
「じゃ」
「帰ってきてくださいね」「うん」
益田の頭を軽く撫でると青木は立ち上がった。益田が口を開く。
「木場さんによろしく言っといてください、その、榎木津さんのご機嫌が良いですから、木場さんが来ると、嬉しいみたいですから」青木は微かに頷いて、部屋の戸を開けた。朝が静かに訪れていた。





―――

なんでこうなるかな…
あまいの書こうと思ったのに
なんかもうすまないです
いつかちょう甘いのを書きたいなあ
20110919//

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