ティンカーベルの入浴2


スカートブラウスワンピースニット、ジャケットタンクトップキュロットサロペットパンプスハイヒール、チノパンツデニムネックレス、ストールカーディガンハイソックスインナーソックス。ブーツにパーカースニーカージャンバーミニスカートロングスカートサングラス。タイツスキニーポロシャツカチューシャスカーフコサージュストッキングレギンスハンドバッグパラソルベルトにサンダルローファーカーゴ。
マキシ花柄ドットボーダーリボンレースペイズリーミリタリーセットアップスキニーオールインワン。
モードカジュアル森ガール、マリンロックゴシックロリータパンククラッシュエスニック。アイシャドウ口紅つけまつげネイルファンデーションマスカラコンパクトグロスクリーム。ソープフォームオイルジェル化粧水乳液。指輪にピアスに腕時計帽子。
なんの呪文かと思うくらいだ。兎角女は忙しない。ひとつひとつのものにいやというくらい呼び名があって益田はくらくらしてしまう。いかに自分が今まで、適当に自分を扱ってきたかが知れるのだ。胸と尻がついて輪郭が柔らかになっただけ。たったそれだけなのに益田を取り巻く世界や色彩は驚くほど異なってきた。女とはいったい何なんだろう?





値段だって非道く高価い。益田は大体の衣服を安物や貰い物で済ませてきた。ギャップが激し過ぎた。こんなに長い時間服を選んだこともない。熱気。熟練した手つきで敦子は服を手に取っては、戻したり益田の体に宛てがったり籠に放ったりする。何時間経ったんだろう。この華奢な体のどこに、そんな体力があるのだろうか。益田にはどれだって似たようなものに思える。
「下着だけでいいですよ敦子さん」
「何言ってるんですか」
「僕なんて何着たって一緒ですよ、それに女装じゃないですか、僕が女の人の服なんて」
「そんなことないですよ。大丈夫、似合いますよ?」「…敦子さんが着た方がいいと思いますけどね、このミニワンピとか、青木さん鼻血吹きますよきっと」
「益田さんたら!」
上目で睨む顔がかわいらしい。敦子と青木は属に言う、友達以上恋人未満の関係だ。初々しい雰囲気は眺めていても照れ臭い。
「これくらいでいいですよ、もう……帰りましょうよ」
「じゃ、わたしからも一つ意地悪言わせてもらいますけど」
目を丸くする益田に敦子は悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「このベビイドオル、兄貴は好きだと思いますよ」
がん。
「――なっ、」
敦子の手に握られた、白いミニの、レースが纏わりついたそれは、中禅寺のイメージとは遠く掛け離れた物だった。端的に言って――
「なっなっなっ、」
「あ、榎木津さんですか?榎木津さんなら、清楚なのがお好きだと思いますよ」そんなことは聞いていない。中禅寺とベビイドオルベビイドオルと中禅寺、それらは結び付けてはいけない物事のように思えた。ばくばくばく―なぜだか心臓が高鳴っている。
「きれいめのシャツと膝丈のスカートで多分OKですね、女学生がお好きなんでしょう」
敦子は怪訝な顔をして益田さん?と尋ねた。
「…っ」
顔が赤らんでゆくのを、なぜだか益田は止められない。なんだか非道くおかしな気分だった。
敦子が笑う。
「どうしたんです」
「ちっ、中禅寺さん、のこととか」
言うのやめてください。
「えー?」
敦子の表情は、にやにや、という言葉がふさわしかった。明らかに面白がっている。
「じゃあ買うのやめます?きっとうちの兄貴喜ぶと思うんだけどなあ」
「…う、」
「買いましょうね、益田さん」
笑窪を浮かべた敦子はひどく可愛らしかった。益田は初めて、敦子のことをこわいと思った。



「―……」
薄汚い下宿。
益田は敦子が買った四つの袋を開けて、例の服を取り出していた。
「鳥口くんなら分かるけどなあ…」
あの人ははっきりエロだし。関口さんだったらちょっと気持ち悪いかもしれない(ごめんなさい)。青木さん、あの人もまあ分かる。司さんは言わずもがな、榎木津さんも多分、多分、嬉しがると思う。
(もしこれを、女の人が着ていたら)
中禅寺秋彦。
彼について益田が個人的に知っていることなど、考えて見ればほとんどない。
物知り、弁が立つ、常識人に見えて意外とそうでもない。神主であり古書肆であり憑き物落し。榎木津と関口と学生時代から仲が良い。昔は教員をしていた。

『今の君は』

ひらひらとした可愛らしくて、いやらしいようなそのワンピイス。何度見てもどきりとする。さらさらとした手触り、フリルが揺れる。
例えばこれを自分が身にまとうとして。そして、あの人に―彼に見せる、として。
(いや無理無理無理無理)
罰ゲームか何かだと冷笑されるのが落ちだ。下手をすると変態だと思われても仕方が無い。
この、ひらひらとした、もの。
(これはうん、胸もあって顔もかわいい女の人が、着るのが、似合う)
益田など着たってどうしようもないくらいみすぼらしく見えるのがせいぜいなのだ。

『今の君は、なかなか―』
益田はベビイドオルから目を逸らした。窓の外を見る。丁度夕暮れ時で、はっきりとしない色合いに空がこごっていた。
そのことばの先を思い出したりしてはいけない。いけない、いけない、いけない、駄目だ。気持ち悪い、引かれる、有り得ない、くだらない、どうだっていい。それは思ってはいけないことで、気づくことも認められないこと。

『今の君は、なかなか―』
ベビイドオルを放り出して益田は蒲団に突っ伏した。買わなきゃ良かったこんなもの。胸を過ぎるのは後悔。自己嫌悪、羞恥そして、軽蔑されるべき僅かばかりの期待。
「…」
ちゅうぜんじあきひこ、
ちゅうぜんじ、
ちゅ、う、ぜ、ん、――
何やってるんだろう。
下敷きにした胸には確かに小さな脂肪の塊の感触。乳首。こんなに僅かな膨らみ。
このせいなんだろうか。
愚にもつかないことを考えるようになったのは。
中禅寺。
かわいいなんて言われなきゃ良かった。中禅寺がかわいいなんて言わなきゃ良かったのに。もしそうだったらこんなに一人でのぼせることもなかったろうに。
言い掛かりに近いことは分かっていた。けれど益田はそう思わずにはおられない。
(明日どうしよう)
男に戻っていればいいのに。こんな面倒な世界にいたくはない。
そんなことを考えるうちに益田は、ゆっくりと眠りに落ちて行った。
ぬけるような肌をした妖精が、傷がついたお腹をおさえて、しくしくと泣いている夢をみた。
ようせいはひどく美しかった。流れる涙は真珠のようで、流す血はルビイのようだった。
いたいいたいと、熱い息を漏らして、そのうつくしいひとは啜り泣いていた。









た、たのしい…にょたたのしい
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素材変更
リボンかレースのラインのほうが良いだろうかもやもや
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