急きます


※益田自殺
※これは暗い











「僕のことが嫌なら殺しちゃってくださいよ」
その台詞が似合うのは、どちらかというと関口の、萎びたくちびるのはずだった。青年がけけけと笑う。あなたなんかに好意とか期待するの間違いですから。
あ、違いましたね。加虐的に益田が笑む。
「せきぐちさんはぼくが嫌いじゃないんですよね、人間全部が嫌いなんでしょう、あなたを傷つけるすべてのものが、ろくでもないあなたを取り囲む世界の全てが嫌で溜まらないんでしょう」
自分を嫌うのと世界を嫌うのと、それらはどちらが先なのだろう。関口は軋む頭で考えるが、それは卵と鶏のレベルの話であると気づいて止めた。

「みんな厭だからあなたは死にたがるんですよね、けれど死ぬのだって厭なんでしょう」
よく気が付いたね益田くん。もごもごとして聞き取りづらい滑舌の悪い艶のない声を以て関口は言った。
「そうだよ僕は八方塞がりだ。何処にも行くところはないからさ、出来るだけ何もせぬようにしているのだ、何処にも行かないで、何も見ないで、そうしてただ死なない今を生きているのだ」
彼は聞いていたのかいないのか微妙なタイミングで返した。
「ああでもね、僕も…こんな世界はもう真っ平なんですよ」
刺して貰えないですか?せきぐちさん。
軽薄で世を渡る青年の手には確かに光るにび色のナイフが握られていた。彼はそれをずっと無造作に垂らして持っていたので気が付かなかったのだ。「僕のことが嫌なら殺せばいい、」
瞳を妖しく光らせて言う。
「関口さんだってそれ、自分を消せば終わるんですよ、自分以外の世界の総てを殺すよりは自分一人殺したほうがずっと効率的だし」結末は変わりません。他人殺すのはエゴでしょうし。
「自殺なら」罪にも問われないですし。ていうか罰する奴がもういないだけですけど。ほら、
君が無罪でも僕は罪に問われるだろうと関口が言うと、
「だってあなた人じゃないでしょう、お猿さんじゃないですか」冷ややかに言って男は笑う。「お猿は罪には問われないとおもいますよ」それに――狂人もね。
せきぐちさんなら僕は良心の呵責を覚えなくて済みますよ。あなたがいてくれてよかったですよ。
自らの薄い胸を指さして益田は言う。「ここに刺してくださいね」
「そんなこと出来ないよ、知っているだろう」
「死ぬ以上に簡単なことないですよ、生きることはつらい、関口さんもそうでしょう。ああ結局似ているんですね僕ら――」
気持ちわるい。青年は笑って言った。蔑むように。
「ああ僕があなたを殺してあげてもいいんですよ。いっそずぶりと、刺し違えましょうか」
そうして益田は目を細める。
「無理ですよね、僕があなたに惹かれる限り僕は、独りで死ぬしかないんです」
刃が鈍く鈍くひかる。

茫と関口は思う。
私もあんなふうに狂えば良かった。そして若いうちに死ねばよかった。
二人の相違点は過ごした年月の長さだった。
関口は、衝動的に死にゆくことができるほど若くはなかった、それがこの賢(さか)しい青年の犯した唯一の誤謬であった。益田は孤独に死ぬのだったがその実透明な凶器は関口の手に握られていていて、きっとぼくの絶望が彼をひとりに死なせたのだろう。




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