朝ごはん


榎木津の所作は美しい。
それは食事のときにはっきりと顕れた。
薔薇十字探偵の生活は今日も優雅で、榎木津は午後の3時過ぎに漸く部屋から出て来た。
細身のスーツにネクタイ、ネクタイピンまで付け、髪も綺麗にとかしつけている。
お出かけですかと益田が尋くと彼は益田をひとくさり罵倒して「お腹が空いたあ!」と喚いた。自分の問いは無視されたのだろうか。和寅さんはいません、と益田が言うと榎木津は
「じゃあおまえがしロ!」
「えええ」
相変わらずの傍若無人だ。益田とて報告書を書いていたのだがそんなものは榎木津の目に入らないのだろう。榎木津は椅子に腰掛けるとパンを焼けッ、と言った。益田は溜息を飲み込み台所に行ってパンを焼く。紅茶などというハイカラなものの入れ方はここに来てから初めて知った。バターやナイフも榎木津の元に持って行くと麗人は頷く。
「じゃ、僕ア」
「だめだよ、君はここで、お給仕をしなさい」
あっけらかんと言ってくれる。給仕って何ですかアと益田が問えば、
「僕がここで食べるのを見ていればいいの」
榎木津はそうしてパンにバターを塗りつける。
狐色のパンの上に銀色のナイフで白い跡をひく。
榎木津はひどく優雅にパンを食べる。ザリっ、とパンを噛む音すらもうつくしく聞こえる。
綺麗に踊る手が口元にそのきつね色を運ぶ。紅い唇が開く、綺麗なしろい歯でそれを噛む、美しい音、落ちるパン屑すらも優美で、まるで映画のように決まっていた。


榎木津は見とれる益田に気づいて、だからおまえは下僕なんだとにやりと笑った。




~20110706#拍手ろぐ




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