サヨナラベイビイ、


※ちょっときつめ













官警が目の前で捕われている。きもちよくてきもちわるくて吐きたくてたまらない。どうしようもなく体が震える。悪寒がする、それなのに彼を縛る手を止めることがどうしても出来ない。それには奇妙な引力があり、益田の行為を続けさせる。脳が痺れたように動かず、微妙に目まいがした。
吐き気がするほどに震える感情。そんなもの無ければいいのに、感情なんて無きゃいい、どうせろくな感情なんて覚えたことがないのだから要らない、感情なんて、無ければ、あの小説家みたいに、人間を放棄する、それは今の益田にとって悪魔的に甘美なことだ。指、ゆび、ゆび、僕のゆび、それは縄を縛りあげる、彼の身体を固定する。堪らない、堪らなく辛い、食う、心が喰われる、たべられて壊れてしまう、

「あお、きさん、おき、て」
口から零れた声に力が入らない。青木はそれでも、酔った頭をもたげて、益田を見た。
「―なあ、に、益田くん――これ?」
掠れた声。胡亂な目。
益田はわらった。
「喉渇いてません、」
「…」
「水持って来ます」
台所に立った。脳は奇妙に麻痺している。怒られなかったことに安堵している。ああ、感じやすい心ばかりが加速して追い詰められていた、息が詰まり呼吸ができない、このまま死ぬんじゃないかと思った。

「青木、さんみず、飲みません、ね、え、」
青木はまた眠ろうとしていた。必死に縋り朦朧とした意識のままに水を飲ませた。
青木は益田を無視しねむった。益田は泣いた。

妙に清潔な朝の光が窓から差し込み畳敷きの狭い部屋をうっすら白く染めていた。首を捻って青木が壁の時計を見ると午前5時をまわったほどだ。長い前髪を垂らした男が、椅子に縛られた青木の足元に猫のように丸まって眠っていた。
「――ますだくん」
初夏の空気は少し冷えていた。床は冷たいだろうと青木は思った。足先を動かして益田の頭をつつく。意外と柔らかい髪の感触だった。
目を覚ました益田はまだ朦朧とした顔をして青木を見ていた。感情が失せた声で聞く。
「―なに、これ」
男の顔は起きぬけのためか白かった。もしかしたら低血圧なのだろうか、意外だなと考えて、ああでもらしいかもしれないと思い直した。
益田は曖昧に目を細めて笑う。
「ぼく、あおきさん捕まえちゃったんで、すよ」

震えた声だった。まるで馬鹿みたいに細い声だった。罪人みたいだ、死刑の朝の。
「え。へ、こわいですか、」
蒼白な顔で男はそう青木に聞いた。
「何なの?」
主語を限定しないで全てを問い返すと、益田はついと青木の首に手を伸ばした。力は入れずに添える。
ふふ。益田は唇からこぼれたみたいな笑い方をした。
彼をみる。ひかり、黒い眼は絶望を孕み黒く塗り潰されていた、黒い感情たち、
「しんで」

力無い声を皮切りにその指が頚をゆっくりと絞めていった。


「しねばいいあおきさん、あんたなんて死ねば、あ、あ、あ」

剥落してゆく絶望が益田の胸をえぐる。殺せ、ほんとうに殺してしまえばいいのに、脳だけがそれを拒否しているようだった、とめどもなくおとこは泣いた、襲ってくる絶望に耐えるすべもないおとこは泣きわめいた。
「青木、さんあなたが僕は恐いんです、たまんないんです恐くて、」

あんたが恐くてたまらない、嗚咽して呻けば、あおきはちからなく緩んだそのゆびを見た。

「くるしい、」
息が出来なくなるんです、声が出なくなるんです、吐きたくてたまらないんです、死にたくてたまらなくなるんです、あなたを切ないぐらい殺したくて、どうしようもないんです、あおきさんがこわいです、
「どうして、こんな、」

益田はぼろぼろと泣く。
心が限界まで掠れてひりつき、砕け散りとろけてゆきそうで益田はただ怖かった。異様に張り詰めた膜は切り裂くのも一瞬で青木を傍に置くわけにはいかなかった、だってあなたは直ぐに切る、ずたずたにひき裂きそして放置するのだ。

「なんであんた、ぼく、を、」

恐怖と期待で喘いで死にそうだったといえばこの冷血な男は笑うのだろうか。
「こんなに殺すの、」

青木は何故か笑った。益田はそれでもう死のうと思った。同時に絶望で心臓が止まったと思った、何で笑う、ほんとうに、分からないから、こんなにわけのわからない人は殺したほうがいいと麻痺した頭が考えて指に力を込めさせる。益田の目は絶望に塗られ突き落とされているのにどうして、

「笑ってごめんね、益田くん」

あおきは柔らかい優しい口調で言った。
益田はその調子に、一瞬だけ毒気を抜かれて、自らが椅子に縛った警邏をみつめた。

「でもきっとそれ――戀、なんじゃない?」












恋愛をしらないきみを

20110625




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