たどたどしい指がゆっくり榎木津のシャツの釦を外す。榎木津はそれを、痩せた肩口にくちびるをつけて待っていた。がたいがいい、まではいかないが、それなりに鍛え、しっかりと健康な榎木津の体躯に、痩せた体はすんなりと収まった。益田の髪の匂いがする。いつも助手は榎木津はいい匂いがするだのというが、実際のところ自分だって、おそらくは洗髪料のにおいを、薄くその髪に染み付かせている。花の香り。それは地味にコソコソ生きるという主義にどこか似合いのやさしい香りで、しつこくない甘さがあった。
「ますだ」
思わず口から零れた声の、甘えた響きに、榎木津はわれながらぎょっとする。それは、男が女を甘やかすときの声ではなかった。それなら榎木津はおてのものだ。低い、少しからかうような声の出し方なら。
けれど今自分がだしたのは、まるで子供が母に、あまえつくような声だった。今まで恋人に、そんなことをした覚えも、しようとした覚えもない。
「ます、だぁ」
「何ですかぁ?」
助手は、向かい合わせの榎木津の釦外しに手間取っているようだった。丸型のつるつるすべる釦なために、上手く外せないらしい。
ふかふかのベッドに二人向かい合っている。痩せた体に小さな胸、小さな尻、こんなの一抱えで押さえ付けることが出来るに決まっている。痩せているのに柔らかい体はやっぱり女の子で、榎木津はぼんやり自分より十は若い彼女を見遣った。いつか、その前髪をぱっつんと切らせて、ブラウスとスカートを着せたいものだと考えている。自分好みの、女学生ふうに。華奢な体のラインが綺麗に出るものがいいだろう。
「ますだ、顔をあげなさい」
耳元でやさしく促す。ぴく、指先がわななくのが見えた。ピアノを弾くらしいゆび。これもいつか必ず弾かせようと思う。ワンピースなんか着せてもいい。大人しいのか地味好みなのか言うとおり卑屈にコソコソと生きる主義だからなのか知らないが、いつもの灰色だの黒だのの服に、決まってパンツの取り合わせはあんまりだと榎木津は思うのだ。…変な虫が寄って来ないのは歓迎すべきことだが。
見上げてきた目、その真横に榎木津はくちびるを落とす。額、頬、口の横、顎、満遍なくくちびるを添わす。止まった手を掴み、そうっとベッドに押し倒した。「ぇ、のきづさん…」
「バカオロカが遅いからだぞ!」
「す、すみません…」だって向かい合わせ結構難しいですよ?
言うくちびるが、榎木津がブラウスの釦に手をかけた瞬間ひくりと止まった。
「お手本だよ。見ておぼえておきなさい」キスを落として言うとあっという間にタコみたいに真っ赤になる顔。バカオロカ。
…かわいい。
釦を外すのは楽だった。だんだんとみえてくる白い膚が綺麗だ。
「…やっぱり慣れてますね榎木津さんは」
ふてくされた声がそう言った。
「…僕は神だからな、こんなのお茶の子さいさいだ!」
迷走して限りなくネガティブに走るだろう益田の思考回路を、榎木津は強引にせき止める。唇が尖っているのを幸いと、リップ音をたててくちづけた。
「好きだよ、益田」
「…―ッ…、」
うまく受け入れられない、彼女の心を知っていた。
「益田が好き」
強く手を握ってあやすように言い聞かせる。益田が好き、益田が好き、ますだがすき。速く陥落してしまえばいいと、思う。一にも二もなく、無条件に、たとえばいぬみたいに、榎木津の言葉を信じるようになってしまえばいいとそう思う。
物騒な願いだ。

まっかなくちをついばむ。ちゅっ、甘い音がたつ。そっとブラウスの、はざまに手を忍ばせる。小ぶりの柔らかな胸に触れた。
「かわいいよ、益田」
耳元で囁くといやいやと首を振られた。
「っや…やめて…」
指がわなないている。
「どうして?」
「っ…み、み、とけちゃいますから……」
益田の被虐趣味を疑うのはこういうときだ、実際間違ってはいないだろう、というのはこういうことをいわれて虐めたくならない男がいるのかということであって、つまり榎木津の理性は切れた。体格差を活かして細い体を押さえ付ける。乱れた髪からのぞく耳腔に舌を這わせる。薄い唇から零れたあまい響きが神、に似た男、を酔わせる。「ッん…ぁぅ…ふ、ぁっあ」
ぱさんとどこまでも黒い髪がシーツに乗る。びくびくしなる、やわらかな体が、可愛いと榎木津は思う。
「…ますだ。顔を隠すな。こっちを見ロ」
顔を覆う腕を無理矢理外した。見上げて来る細い切れ長な目。情けなく寄った眉。大きな丸い榎木津とは正反対の眸だ。いつもは青白いほどの頬は真っ赤だ。視線があった瞬間電流が走ったように一瞬怯える目。兎か、何かのようだ。
「…それでいいよ」
ときを越えてこの存在を甘やかしたいと思うのだ。
寝台に投げ出された手を取ってくちづける。
「や、やめてくださいよ」逃げられる指。羞恥だけではないだろう、益田の目に自分は神格化された存在じみて映っていることを榎木津は薄々悟っていた。“別種“扱いされることには馴れていたし、別段、気にする神経も持ち合わせてはいない。ないが。
「じゃあやめようか」
「…―え、」
驚いた視線に、軽く微笑してみせ榎木津は身を引いた。乱れた衣服で、広い寝台にぽかんと横たわる華奢な体は、何と言うか、アンバランスだ。
「…行きなさい」
見上げる益田に、更に微笑を深めて促す。今の自分は随分貴公子然として見えている、ことだろう。
益田は、寝台の上で少し俯いていた。
――




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