違う。嫌いだ。





更紗たゆたう、月は白光を弾いていた。凪似のことは思い出す、まい。砂漠のただなか、車を漕ぎながらアクツは思う。思い出す、まい。終助詞のはずかしいまでの無意味さ。星が流れる。弧を描く。砂漠の大きな黒鳥のはおと。艶のある、しとわかな音だ。いつまでも耳に残る。あいつは俺がのたれ死ねば、俺を屠るかもわからない。かそけき輪廻。勁い断章。機械の慟哭。闇夜に烏を捜すような。そんな徒労を機械が犯すなどとは思ってもみなかった。世界との強弱関係など火を見るより明らかで、それなのにいきて行ける奴の気など知れなく、だから春男は死(テラ)を選んだ。生きること、死ぬこと。代わらない、変わらない、かわらないことだろう。不変のベールにひきずられて、醜い動物は醜く進化していった。永久の歌を謡いながら、醜く、醜く、醜く。百花繚乱を褒めたたえ、男の汚さを賛美して。
をとこが厭ったのは何だったのだろう。砂漠の道行を遡り、後ろ髪ひかれをとこは捜す。汗をひきしぼり、髪を額に張り付け捜す。
以前やった墓荒らしのことを思い出す。
男の歩いてきた過去には点々と、殆ど途切れず、何かの様式か特性かのように黒い墨滴が着いていた。比喩。男は比喩の意味に埋もれて身動きが取れぬ。痛みの痛苦に麻痺して口も動かない。墓荒らしに握った冷たいスコップの感触。ひやり。男は煙草を吐き捨てた。ぐしゃり。車の床が汚れる。
石もて地蔵、肚開け尼僧。
アクセルを踏む。質の悪い火星(・・)燃料が車の奥で応える。比喩がびたりと男の来し方も行方も糊塗して息も黄色くなろうとする有様だった。常盤の森を捜さなくてはならない。どうしてもそこにたどり着く必要があると、いうのだ。肚で鳴くとりがひよと云う。うるせえ、黙れ。砂漠を見遣る。常盤の、森。いつだって明瞭なながれが光を吐いて記している。流星の群れを世界の果ては引き連れてきた、男に愛を引き連れてきた。聖者の行進。歎きの果て。憂苦。
俺に刃を。
世界の終わりを刻む刃を。小さな汚れた車の中男は祈るように思う。
総てはメタフア、それになんの異論があろうか。



鳥が泣いたのは随分前で、そのとき私は寧ろ驚き呆れたのだった。博士は、自分の心肺停止とともに、彼の造った機械どもが泪を流すように仕掛けていたらしかった。そこまで独りで死ぬのが哀しかったのだろうか。チョコレートの設計図。チャコールグレイ。ルノワール。死んだときに機械が零す泪など、自分は見られもせぬくせに。驚く。呆れる。それと同時に、胸が衝かれた。
家中のあらゆる(凡百)の機械が泣いた。鳩時計も泣いた。壁掛け時計だって針を髭のように垂らして泣いた。人魚の白像も、いつものように優美に横座りして泣いたし、電子レンジもピノキオも、亡くなるつい先日作り上げた電子アルバムだって泣いたのだった。数限りない悼みに直面し、まがい物のプログラムの愚かしさ、博士の孤独(エゴ)、朝焼けの美しさ、そんなものに随分動揺したあとで私は、私が、泪を流していないことに気づいた。黒い鳥すら泣いたのである。あの血も通わないような(―当然の話しだ)哲学者、麝香でさえ泣いたのに。
博士?




とりは。永い航行をしてきたように思われた。麻恒(アサノブ)が手を伸ばすと、随分物騒なかぎづめをしたおおきな黒鳥は、首をかしげながら、窓の外からくちばしを突き出してみせた。大きさは…中型犬ほどにはなるだろうか。猫よりは大きく、異常発生種、いや、突然変異種、だと考えたほうが自然だ。幸い大人しい鳥のようだった。迫力がある艶やかなしいくに反し、瞳は水を打つように静かだ。麻惟は何となく見透かされているようで奇妙な落ちつかなさを覚える。宵闇に乗じ、ゲートを通ってきてでもしのだろうか。
……―ギイ。
しわがれた声で鳥が鳴いた。錆びついた機械を連想させた。黒い鳥はものうげに俯いて見せる。もしかすると、随分老いた鳥なのではないか。空腹なのかもしれない。今日はもう晩いが、明日にでも生物管理局の鳥類科にでも連れていけばいい。突然変種だとすれば、いくらかは金をくれるかもしれなかった。いや別に麻恒が金に困っているというわけではないのだが―…寧ろこの男には、その若さとは不釣り合いの頭脳のぶんだけ、不釣り合いの金が与えられていた。
「おいで(カム)…」
好奇心旺盛な男にはその黒鳥を見て見ぬふりをすることは出来なかった。てをさしのべて手招きをした。奇妙な、人間に相対するとき以上の緊張感があった。
「カム…」

鳥は尋ねるように首を傾げて見せた。睨むように男を凝視して近づく。野生動物らしかった。十分後、男はようやっと、その胸中に鳥を納めることに成功した。

「剥製ですよ」
おまえはアンドロイドだから何も知らないんだ

それは夢の中の國じみて現実感がなかった。アンドロイドは盲目のようでいて、賢者のように思慮ぶかくもあった。それでも徹底的に食い違いがあり、けれど夜判はその違いを指摘することはできずにいた。白い指が、夜判の鼻筋をたどる。ゆるり、と。綺麗な面が近付いてきて、髭を唇が触れていく。「夜判」アンドロイド。アンドロイドは確かに愚かで可哀相だったかもしれない、けれど、そんなものに恋をする男こそ憐れなものだと夜判はぼんやり思う。
凪似の視線は独特だった。例えば流星を追うように夜判の指を追う。例えば夜明けの日光を見るように眇で夜判を見遣る。例えば体内にばらでもかこつように、熱を孕み夜判を見つめた。夜判はそれら全てを黙殺することは出来なかった。汚れた年増ばかり抱いてきた体は疼いた。見かけは二十代そこそこの人間が発する思慕は、××夜判という人間がかつてかつえていたものだった。だがだいたいの場合夜判は全てに蓋を被せた。あるときは視線を伏せナイフとフォークで皿の上の肉を切って。あるときは眠くて堪らないそぶりを見せて。あるときは車の修理に一心不乱に打ち込んでいるふりをして。
何故か。






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