どうか私だけは愛していて あなたが世界の総てをいつか憎む日が来ても なみだあめとゆうのだとくわえ煙草 の男は教えた。歎きの瑣末のようで何の挨拶もしかねた。空原から降る終末と絶望は、あまりにえぐみのある比喩だと感じた。ときわの果てでと男は汚れた帽子を直しながら言う。 ときはの果てで請うぜつぼうの、その雨の赦しを、その哀しみを、知っているか。 長いこと旅してきたモーターバイクはうち汚れ痛切だ。ただその古びを愛おしくおもう自分をよすがは知っている。あいを、こんなに、ゆきづまるような、哀しく愛しきものならば、そうならそこに囚われていたいとも思うのだ、棺桶のように。棺桶で焼かれ失くなる死者の歓喜、いいやよそう、よそう、既に手記は黄ばみ乾き手に柔らかい。時は褪せて逆行する。愛を、息詰まり行き詰まる恋の記憶を、孵卵させようとしている、満ちた月の笑む目のままでいい。 鳥が鳥追いから逃げて来た。「麝香」彼の罪を、否功罪を、夜伴は識ってもいたし、知っている。 「どうしてこんな場所まで来たんだ」 汚い男、虜というらしい男が聞いた。鳥男がゆう、背中の肩甲骨の辺りには、何かがひどくつらいやりかたでひきちぎられた痕が残っていた。血が遺痕のようだった。 「どうしてって、」 夜伴は少し言い淀む。腕にとまった大鴉の、その墨滴のような黒のぎとつく様を眺めていた、この砂漠で唯一の黒真珠に似ていた。枯渇しているものがあったのだと夜伴は教えた。訥訥とした語りに虜は顔をしかめて、しかし遮りも異論を唱えもしなかった。存在が比喩であり、歎きである女の存在を知っていたと密渡者は言った。愛の所在を、封してきたと。 「みんな不器用だったんだ。ただ知らなくて、判らなかっただけだったんだ、愛という哀切のその在りかを」 どうやって生きて行けばいいということが。渡航券がまるでそれで手に入るというように、くわえたばこの男はひとりにやついた。チェシャ猫のような笑顔だった。 「愛していたというのか?」 「名しか知らない、情けないことに」 愛という名しか知らない――…まったく自分が手ぶらだということに、そのときは初めて気づいた。 「愛していなかったと?」 「違う…―雨が降ったのだ、雨は、嵐に俺は墜ちた――そうして今砂漠にいる、黒点のような鳥を引き連れて」 恥ずべきことだったと思うか? とりは鳥かごで機械に尋ねた。機械は静かに首を横に振った。 「いや」 「愛していたと思うか?」「愛していなければ泪なんてでやしないだろう」 世界の終わりを引き連れて、そのうえでどうしたらいいかなどと考えあぐねている。 本の端を指で辿った。機械は思う。 折り込まれた思想を、妄執を、怒号を、苦悩を、悼みを、そして積雲を。 涙を撒き散らすように、無理矢理の怒りと轟音と鬱憤を、悲しみと痛みと、裏切りへの報復を果たす為に終末の雨が降り出した。 それは或は人を幾人か殺すかもしれなかった。豚を何百匹屠殺するかも判らなかったし、世界中のカナリヤを地面に横たわらせるのかもしれない、犠牲は不可避だった、なぜって、これは代償であったから。不可逆の罪を積み上げて、そしてこれは、ナチュラルテラがそれを清算へ導く為の、必要な儀式だったから。 人を殺した男が持って来た日記を月弾は見遣る。 あいを、こいを、あるいはそれ以外の何かが。 このなかに折り込まれ、また書かれているのだろうと月弾は思う。それは月弾の今までを価値づけるものに他ならなかった。こんな一冊の古びたノートが。どんな苦痛も本来月弾にもたらしえない物質だというのに。とげが見える。幻視なのだろう。心がひとえに恐怖してそれをめくるのをさまたげる。月弾の弱さと見苦しさと悔恨をまざまざと浮かび上がらせる。忘れたくなかった、忘れたくなんてなかった、それゆえに忘れたかった。そんな大きな痛みを抱え生きていくことなんて出来ないと思ったから。愛していたいと思ったから。 notebook Rainman. ――お前を憎みたくなぞ、本当はなかったのに! アリオのことについて語るべきことは少ない。 卵を手元で調理しながら、はそう思う。わんわんと鼓膜を聾するかのような雨が、には降り続いていた。 ――あいつはたどり着いただろうか。 砂漠へ。ひたすら西南へ。今ではすっかり忘れ去られ、ふきざらしになった場所に、ノウ゛ァへの密路があるという。銀河鉄道。ノスタルジアに塗れた、金持ちの道楽により、一本、非公式にひかれた線路。 鳥男と呼ばれる番人がそこにいる。汚らしい案山子に似た男で、いつもそうやって立っているために、ひどく日焼けしているらしい。そいつの祖父が、鉄道を開通させたということだった。 何でも随分な変人らしかった。半分狂っているのだと言う奴も居た。 なみだあめ? そいつの満足いく解答をしなければ、線路の切符は売ってもらえない。 ほとんどテラに残されたもののあいだでは、伽のようになった話しだった。いつの世も人は寓話に生きるのだろうか。血よりも濃い、血を血たらしめる存在。 ひきつった時間が動きだす。歯車と集積回路が、コンピュータとが。息を忍ばせこぞって精力をあげて、私を人間に近づけようとしていた。いくら人間に近づいたところで私は機械なのに。 そんな営為に、意味はあるのか。 荒々しい暴風雨が窓を叩いた。喚いている。叫びのように風が唸る。何かを諦めて、傷ついてきた人間たち。 話しにも成らず、棄てられていった魂たち。 胸がぎうと痛む。 ――夜伴のことを考えている。気づけば昼も夜もなく。すくなくとも私には、世界の破滅は訪れていた。 「夜もなく昼もなく、あいつだけだ。なあ、そういうのを何という?」 応えてくれる鳥は居なかった。多分、夜伴を追いかけて行ったのだろう。 帰ってきてはくれないだろうか。気づけばいつも一人なのだ。 ……鳥を閉じ込めて、一体どうなるものでもないか。 「救いというのは千差万別だ。割り切るものではない、」 欲しいものは何だ。アリオだろう? ヤニで黄色く変色した歯を剥き出しにして男は笑う。激情 アリオ? rainman |