そうです恋の道化です


中禅寺さん。
益田がそう呼びかけても書痴は無視して本を読んでいた。春うらら、とでも言うべき日なたで益田は疲れていた体を行儀悪く崩してぼんやりと呆けていた。
中禅寺が本を読んでいるとき、益田の言葉は二回に一回くらいは無視される。どうということもないから別に気にしない。
差し込む陽光にうっとりと目を細め青年は光のなかをたゆとうている。
がさがさとしたくろ髪が粗く光を反射していた。

にゃああ、という鳴き声がした。
辺りを見回すと縁側で、見覚えのある猫が寝そべっていた。逃げられるだろうなと思いながら益田が手招けば、彼は(彼女は?)フン、というようにそっぽを向いた。
「あれは金華の猫さ――」
中禅寺がこちらを見もせずに言う。
「きんか?」
「化けるというので飼ってみたのさ」
「化けました?」
「いいや寝てばかりだ」
益田は笑った。中禅寺は打ち解けると、意外とこういう馬鹿な話もする。
いつも理屈ばかり垂れるわけではないのだと、そう知ったときは嬉しかった。
「名前は何て」
「柘榴だよ、欠伸をするとそっくりなんだ」
「へえ!かわいい名前じゃないですか」
中禅寺さんがつけたんですねえ、と言うと、そうだよと言って彼は笑う。
「千鶴子がいつまでもあれ呼ばわりじゃあ可哀相だと言ってね」
そこで彼は初めて本から視線をあげ、ひなたぼっこをする柘榴のほうを見た。
「また何かもらって食っている」
「猫はいいっすねえ」
思わずそう漏らすと中禅寺は何を言ってるんだと言って益田を見遣った。
「君だって柘榴のようなものだぜ。ふらっと来てはぼうっとして帰って行くじゃないか」
「…そのとおりですけど」
確かにそうだがそんなふうに言わなくたっていいではないか。思わず憮然として返せば、意地悪な古書肆は更に言い募る。
「いやあれは何もしないで居るだけだが君は事あるごとに何かねだるじゃないか。
本を読ませろだの話を聞けだのキスをしろだの――」
わああっと声を張り上げた益田を、古書肆は愉快そうに意地悪に見た。
「やめてくださいっ、」

だって本当のことじゃないか、彼は怖い顔でそう言うとまた読書を始めようとする。


――もっと話したい、

何故彼は顔を見もせずに、益田の感情を読み取ることができるのだろう。
仕方ないというように溜息をつくと、古書肆は再び本から目を上げた。
「名とは呪であることを知っているか?
名づけとは相手を支配することなんだ」
「あ、それは、何となく」
どことなく弾んでしまう声に気づいて、自分はほんとうに単純なのだと益田は思う。
中禅寺は気がつかなかったのか淡々と話を続けた。
「言葉そのものが呪であるという話はしたかい」
「ああでも、分かりますよ。中禅寺さんの憑き物落とし、見てると。言葉って凄いっていうのは」
中禅寺はそうか、と頷いた。顔つきがこころもち険しい。もしかしたら照れたのだろうか。中禅寺さんってかわいいところありますよね。心の中で思っただけなのに気がついたら口に出ていた。
目を丸くする拝み屋に、恥ずかしくてたまらなくてもう帰ろうかと本気で思った。
「あ、や、あの、いや、か、僕帰ります、」
頭を冷やそう、日に当たりすぎたのが悪因かもしれない。焦って腰を浮かせると中禅寺が厭味ったらしく声をかける。
「勝手に帰るなよ、柘榴みたいだ」
「猫は喋りませんっ」

言い返す益田を無視して、中禅寺は三たび古書に視線を落として、君に名前をつけようか、と言った。
「――とことん僕を猫扱いする気なんですかあ―」
情けない声が出た。
そう怒るなよと中禅寺が飄々と返す。

「そうだな、龍一なんてどうだ」


「――ッ中禅寺さんの馬鹿あ!」


益田は顔を真っ赤にして京極堂を飛び出した。

狡い狡い狡いずるい。

あんなところで初めて名前を呼ばなくたっていいではないか。






―――――
いや、甘いの書こうとして

私のキャパではこれが限界




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