すきときめきときす


※益田女の子ですが
苦手な方も平気だと思います
あんま女の子扱いされてません




「あ」
ネイルを塗っていたらはみ出した。向かいに座っていた榎木津がばかめと笑った。
「ぐちゃぐちゃじゃないか、不器用だなあおまえ」
彼はそう言ってひょいと益田の手を掴む。余りにも何気ない風だったから、益田は抵抗することも忘れてしまった。
探偵社の時はゆるゆると流れている。麦畑の様な黄金の光が調度に跳ね返りながらたゆたい、光の海が凪ぐようだ。
その部屋に溢れる光を益田は、片手を榎木津にとられながら横目でながめていた。
榎木津は器用にマニキュアを塗っていった。細い益田の指をたどり、爪のふちをなぞっていく。
ひどく繊細で誠実な作業が自分の爪先で行われている。そう思うと益田は気恥ずかしくなる。赤らんでいく頬と、緩んでいく口元をもう片方の手で覆った。
(ほんとこの人…よくわかんない、いつも人のことけなす癖に)
こういうことを何気なく、しかも真剣にするのだから。なんなんだろう。照れてしまう。
ゆびが、ゆびが、触れている。榎木津の手は暖かい。掌は大きい。
華奢な美しい手だが、それはやはり男性のそれなのだ。益田は頬の熱を持て余す。この人はなんでこんなに綺麗なんだろうと、ぼんやりと思った。
少し後、益田の爪には、つやつやとした赤い色がのった。
「…どうだ、凄いだろう」
榎木津が伏せた目を上げて得意げに言う。
「…凄いですね。ありがとうございます」
たぶん顔はまだ赤いだろうと思ったから、それを見られたくなくて、益田は自分の爪に視線を落として返した。
むらもないし、はみ出してもいない。赤が光を弾いている。
「で、どうした風の吹き回しだ、バカオロカ」
「え」
榎木津は言いながらギシリと音をたてて再び背もたれによりかかった。ちらりと助手を流し見る。
「いきなり爪なんか塗りだして。それは――その箱と関係あるのか」
ぼんっ、と益田の顔は熱くなった。そうだ、彼の目を自分は忘れていた!いきなり心臓がどっくんどっくん言いはじめる。
榎木津はその助手の反応を目をすがめて眺めた。今日は二月十四日である。異性関係はそれなりに華やかな榎木津は、今日が何の日かは知っていた。
であるとして、だ。
榎木津には彼の記憶が見えている。こいつがわざわざデパートまで行って買ってきた、箱。
それがもし、自分宛てのものじゃないとしたら。探偵は脚を組み直す。
それは、
――なんだかすごォく、気に入らない。
「…」
「…」
一方助手の頭はショート寸前である。今日は聖バレンタインデイという日であるらしく、それは好きな人(…好きな人!)にチョコレエトをあげる日であるらしい。それは鳥口から聞いたことである。そして箱の中は無論チョコレエトである、チョコレエトではあるのだし、そうしてそれは、今目の前にいる、この、麗人宛てであるのだ、けど。
同時に榎木津は益田の記憶に橇犬のような顔だちの青年が過ぎるのを見る。鮮明な益田の記憶のなかで、青年は分厚い外套を着て快活に笑っている。
榎木津の眉が寄る。
――僕のじゃないのか。
「…この、バカオロカ」
榎木津の冷たい語調に益田の血の気がざっと引く。上目でちらと、麗人を窺うと、怒ったような顔をしていた。
「…っ、すみま、せ」
榎木津にはそれがまた気に食わない。謝るぐらいならもっと買ってきたらどうだと思う。なのに記憶に見える箱はたった、一つだけ、なのだ。
下僕のくせに――思わず榎木津は呟く。
本当にそのとおりだと益田は思う。ああやっぱりだ、やっぱり、不釣り合いだったんだ。ぐらぐらと視界が揺れて定まらない。ソファのうえで背を丸め、助手はうつむいて自分の膝を凝視(みつめ)る。前に較べれば最近は、それでも、少しずつ、話せるようになってきて、よもや恋人どうしになれるなどとは思っていなかったけれど、それでも、貰ってくれるくらいはするんじゃないかって、そんなことを思っていた。でもやはりそれは馬鹿で愚かな自分の思い込みに過ぎなかったようだった。
愛情なんて大それたものを期待していたわけじゃない、ただ、好意、いや、愛着だっていい、何でもいいから、そういうものを、ちょっとでも、もってくれているんじゃないか、そんな期待。淡く滓かなそれと何よりも鮮やかな思慕が益田をデパートのチョコレエト売り場などに走らせたのだ。
あさましくて、おめでたくって、愚かしくって。
なみだがでる。
「っごめ、んな、さ…」
声を震わす益田が、榎木津にはいっそ煩わしくもあった。こいつは何かというといつもすぐめそめそして鬱陶しいのだ。それでも一年近く一緒にいた。笑った顔も泣いた顔も覚えてしまった。誰かの存在が自分に染みつくということを榎木津はあまり好まない部類の人間だったけれど、それでも、ほんの少し、ほんの少しくらいだったら、それも悪くないと思う、それぐらいにはちゃんと――すきになってやれていたのに。
それでも目の前で俯いて泣くこのバカは、トリのほうが好きらしい。

「泣くなこのスペシャルロイヤルカマオロカ」
「かっ…カマじゃないです…」
それだけ益田は反駁した。目の前のこの美丈夫はおまえなぞ女のうちに入らないと笑うのだろうけれど、それでも益田はおんなだった、…あなたと出会い初めて恋なぞを知ったのだ。
そして…榎木津が手を伸ばして益田のなみだを拭いてくる、不覚にもやはり胸は高鳴る。彼はこんなふうに、まるで奇跡みたいに突然、優しい。
罪な男だ。なみだがながれる。とまらない。
なみだに濁る視界のなかで榎木津は優しい顔をしていた。窓からさす光に照らされて彼はひどく美しい。
「――でも、……迷惑でも、榎木津さんが、僕ぁ、すきです…」

心臓が跳ねあがった、と思った。いや、そんな表現では足りない。二三回バク転した気がする。
榎木津は益田の頬を撫でる動きを止めた。
今何と言ったこいつは。
「……おい益田」
耳掃除を欠かさないだとかうそぶいていたがそれは案外軽口ではなかったのか。すごい速さで益田は顔を上げた。細いつり目が見開かれている。潤んだ眸とか赤い目の縁とか、なみだで目尻にはりついた前髪とか。薄く開いた口から覗く八重歯とか。もともと青白い方の肌も、日の光に洗われていて、なかなか悪くないと思えた。むしろ――

「えの、きづさん?」
「あのチョコは僕のなんだな?」
そう尋ねながら榎木津は細い体を抱きよせた。「え、わ、ちょっと」戸惑ったような声をあげる益田を無視して胸におさめる。「な、なんなんです、?」
益田の頭の中は恐慌寸前である。何なんだこの状況は、これはもしや天罰だろうか、とか、いやけれどこんなに甘い罰があるものだろうか、とか、それともこのあと更に突き落とされるのだろうかとか、榎木津のいつも纏うこの匂いはばらだろうかとか、このままでは彼の服が鼻水で汚れてしまうとか、色んなことがいちどきに頭のなかを駆け巡る。だっていきなり抱きすくめられる。こんな、こんな、こと。赦されるものか。
「答えなさい」
榎木津が促すと腕のなかの体がひくりと震える。薄いその耳がやけに赤くなっていることに榎木津は気づく。
「おまえは僕がすきなんだな?」
――当たり前じゃないですかァと返すその声がかわいくなくてかわいくて、思わず探偵はその頭を叩いた。
「いたっ」
「そういうことは先に言うのだこのバカ」
「ええ?」
益田は頭をさすり榎木津を見上げる。怒ったような表情ではあったが、鳶色の眸の奥には楽しそうな光が踊っており助手は思わず見とれてしまった。
そのひかりが降ってくる。
くちびるに柔らかなものが触れた。すぐに離れた榎木津のそこはひどく美しく弓なりを描く。

「――僕もだよ」

まるでばらが降るようだった。
益田はぽかんとして榎木津を見る。間抜けづらだと鼻をつままれて、変な音がでた。
「むいっ」「わははははさすがはバカオロカだ」
榎木津が笑う。
胸が甘く軋む。


――赤い爪はその後、恋人の口にチョコを運ぶ為に使われた。
足を開いて座る榎木津の脇に腰を抱かれて添いながら、益田はへどもどして汗をかく。
「え、あの、あの、口開けてください、榎木津さん」
指先のチョコレエトが益田の体温で溶けだしつつある。榎木津はよくわからない顔をしてこちらを見ている。綺麗だ、ほんとに、ああもう僕の心臓は絶対にもたない、何なのこの状況。
なぜか榎木津は頑として口を開いてくれない。
たっぷりおもはゆさを噛み締めたあとに益田は口を開いた。
きっとこう言ってほしいのだ。
「―……あー、ん」

「よくできました」
そう言ってにこりと笑われて、指ごと掴まれて榎木津口へとチョコレエトを運ばれる。心臓が飛び出して破裂しそうだ。
ついで降ってきた二度目のキスはベリーチョコレートの味だった。



happyhappyValentine!


120212

おしあわせに!




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