お帰りください、
神官殿



シンドリアの長い一日が終わる。
しっかりと体を動かした充足感と疲労に襲われる。俺はベッドの上で精一杯背伸びをした。
「ふあぁ……」
自然と漏れるアクビ。今日も終業時間ピッタリまで稽古をこなした。鬼師匠の厳しい手ほどきで心身ともにボロボロになりつつ…我ながらよく耐えているもんだと思う。早く休んで少しでも体力を回復しなければ。
「明日もがんばるぞっと」
「おまえも…よく飽きねえな?」
「………」
ええっと……
どういうことでしょう。
煌帝国の神官殿がなぜ俺のベッドで寝てらっしゃるんでしょうか。
……俺よりも先に。


〜お帰りください神官殿〜


「本当、帰ってください…」
「おまえ生意気だな」
「最大の敬意を払って言います。どうかお帰りください神官殿」
「い・や・だ」

気まぐれか、暇つぶしか。
なんとも迷惑なことに、ジュダル(煌帝国のマギらしい)は俺の部屋に軽く住み着いている。
昼間はどこかに行っているようだが、夜、寝ようと布団をめくる度…黒い彼がいらっしゃる。
「寝不足なんだよ、おまえのせいで」
「はぁ?」
「毎夜毎夜……おまえがソコにいるせいでゆっくり寝られねえよ」
「寝ればいいだろバーカ。ほら」
だるそうに、ジュダルが腕を投げる。
…ここで寝ろ、ってことだろうか。新手すぎる腕枕。全然、寝心地よさそうじゃねえし!
すでにベッドの半分以上を奴に占拠されている状態で熟睡なんて出来やしない。
「眠いんだろ?早く寝ろって」
「いやだから……俺ひとりで寝たいんすよ…」
「ムカつく奴だなー。神官の俺が腕を貸してやるってのに」
「結構っす」

―カチンッ

目の前で、感情線がキレた音がした。嫌な予感しか、しない。
「寝・ろ!!」
「うわああぁ!」
瞬時に、全力でツノ(くせ毛)を引っ張られる。
「痛い痛いイイイ」
ひこずられるがままに体勢が崩れジュダルに押し倒される形になった。ツノの部分の頭皮がヒリヒリする!
反転した視界のピントを合わせると、恐ろしく座った目がまっすぐに俺を見下ろしていた。こ、これがマギの迫力……。
「おやすみアリババ」
「お、おやすみジュダル」
ちっとも休めそうにないけどな!この状況、この体勢…合わせている目をとりあえず逸らすことしか出来ない。
馬乗りになったジュダルは、してやったりといった風に意地悪く笑みを浮かべていた。背筋がゾクゾクするような妖しさで。
「…お、重いっす」
「ふーん」
俺の小さな訴えは鼻で軽く蹴散らされ、終わった。
あー…このワガママ勝手俺様マギめ…!
状況を打開するのは無理だと諦めた俺の目線が、ぼんやりとジュダルの体線を辿った。
そのひときわ引き締まった腹筋に、意識せずとも目が止まる。よく見れば胸も腕も、ほどよい筋肉に覆われている。俺なんかよりずっと逞しい体をしているじゃないか。
「…んだよ」
不機嫌な声が降る。
「鍛えてる?」
「は?」
「イイ体だなと思って」
「…どこ見てんだよおまえ」
そんなに腹筋を主張されては、そりゃ目にも止まるだろう!
「魔法は結構体力使うんだよ。自然と鍛えられるんじゃね」
「じゃあ将来、アラジンもそうなるってことか」
「アレと一緒にすんじゃねえ!」
ボフッと顔面めがけ投げつけられる枕。
「おまえって、ほんっとムカつく」
舌打ちが聞こえたかと思えばまたツノを思い切り掴まれる。
痛いって、声を上げる前に、俺の口は塞がれていた。
「………!?」
口元に確かな感触。
柔らかい。俺の体温よりは冷たい……ジュダルの唇。
キス、されてる…?
「あんなチビのマギなんて、捨てちまえよ」
すぐに離された彼の唇が耳元へ流れ、囁く。
状況を飲み込めない俺のことなんてお構いなしに、ジュダルは続けた。
「特別にこの俺がおまえのマギになってやってもいい」
「……はあ?」
「俺のものになれよ、アリババ。な?」
噛み付くような口付けがぽかんと開いた口元に降り落ちた。
突然のことが積み重なって反応出来ない。
唇が触れ合うだけのそれではなくて、口の中までトロけるような…変なキス。俺の初めてを色々と奪われた気がする。
マギとか国とか自分の背負っているものとかが、上の空になってしまうほど、悔しいことにそのキスは官能的だった。ジュダルを押しのける腕に力が入らない。こんなに気持ちいいこと、今まで知らなかった。こんなヤツに教えられて……納得できないけれど。

長い夜。あんたいつまで俺にキスしてるつもりだ……。何度も何度もジュダルにほどこされて頭がぼんやりしてきて、俺が「うん」と頷くまでそれは続く。
身体が変な熱に覆われてくる。まずい。取り返しのつかないことになる前に、ホントにホントに早くお帰りください神官殿!




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