水面



※S一巻のネタバレ


―六郎の影として生きよ。

「…どういうつもりです、七隈」
「兄上を犯し殺すつもりです」

同じ顔の兄弟。
兄だろうが弟だろうがどうでも良かった。水紋の眼さえ己に現れればそれで良かった。それだけで、七隈の欲しいものはすべて手に入るのだから。
「私を殺してもこの眼はあなたの物にはなりません」
…あの日。海野の眼は皮肉にも六郎に継がれた。
その瞬間、七隈はすべてを失った。
「私はただ…兄上を陵辱したいのですよ」
見ていられない。自分は影。兄は光。双子というのにこれほどまでに分かたれた天地。黙っては見ていられない。行儀よくしている表の顔の裏、煮えくり返る腸。穏やかな水面に波立つ波紋。
「実の弟に拓かれる侮辱の心地を味わいなさい」
薬を盛った。同じ体格の六郎を組み敷くには彼を弱らせるしかなかった。
兄にまたがり、見下ろす。なんと…気持ちの良い光景か。このまま生きてゆけたら、と思った。高見から兄を見下ろし生きてゆけたら―。
「…その眼が気に入らないのです」
パシンッ!
思い切り六郎の頬を平手打つ。
「いっそ抉り奪い取ってしまいたい」
この状況に陥って尚、強い眼差しを向けてくる図々しさ。
「なっ……!?」 
突如―
動けないはずの六郎から鋭い蹴りが飛ぶ。
間一髪避けたものの体勢を崩した七隈。そこへ襲うもう一発の蹴り。
「くはっ…!」
みぞおちを狙われ、畳の上へ沈む身体。
「貴様…!」
「七隈」
形勢逆転。七隈の天地が一変した。
兄に敷かれる弟。
「茶の味もわからぬほど落ちぶれてはいません」
……茶に謀った薬。気づかれていたのか。
驚愕と困惑の入り混じる目で六郎を睨みつけた。
「…私の企みを知っていてわざと騙されたのですか」
六郎の澄ました口元は動かない。
代わりに―。
「んンっ…!」
突然降り落ちた無表情の接吻。口を割ることなく唇を触れ合わせただけの口付け。
呆然と固まる七隈。
「……薬など無くとも相手を動けなくすることは可能です」
何よりも卑怯な手口。
彼の思惑通り、動けないこの身が憎い。
「あなたにされることを凌辱とは思いません。七隈の気が済むのならいくらでも身を差し出しましょう。ですが…この眼を無くすわけにはいきません」
「許せぬ…許せぬ許せぬ!何故いつも兄上ばかりが先をゆくのです…!」
いつでも自分の一歩先をゆく兄。その背がますますと遠ざかっていく。
七隈は腕を伸ばし六郎の胸ぐらを精一杯に掴む。離れていく姿を引き留めるように。
「何故!?」
泣き崩れ訴えた思いへの応えはない。答えなどはじめから何処にもない。
ゆく兄。堕ちる弟。
遠ざかっているのはどちらのほうか。

宿命の小姓が若君の元へ旅立つ日は近い。




―――
アンケより六七でした。S二巻が楽しみすぎる!ありがとうございました!

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