夏の終わり




祭り、など…暇人どもの酔狂な遊びだと思う。
無駄に賑やかしく、うるさいだけの戯れ。あの者どもは何が楽しく祭りに集うのだろう?
行き交う人々を横目で見つつ、ため息が漏れる。

「…ずいぶんと浮かない表情ですね」

聞き慣れた静かな声がこちらを振り返る。七隈の一歩前を歩いていた兄が、先程のため息に気付いたらしい。
「そりゃそうでしょう。こんな下衆の群れに囲まれて…良い顔など出来ません」
まったくどうして、自分はいまこの場にいるのか。
眉間に寄るシワが無意識に濃くなった。
…そうだ。全部、この男が悪いのだ。
「お祭り、楽しくありませんか?七隈」
「ええ、まったく」
それどころか不愉快でしかない。
「…そうですか」
小さく答えた六郎は、今度は振り向くことなく言葉を続けた。
「無理に連れてきてしまいましたね。…すみません」
いつも通りの声色。しかし、その後ろ姿が沈んだように見えたのは気のせいか。
昼間、上田の城を訪れたときのやりとりが七隈の頭に浮かぶ。
彼奴が…六郎が、突然と祭りに誘ってきたのだ。
もちろん話半分で断ってやった。なぜ好き好んであの兄と祭りなど…。
主である信幸の「行ってくれば良い」という気まぐれ極まりない一言無くてはあり得ない事態だった。
「あなたとこうして祭りに来るなど普通では考えられませんね」
七隈の心中を見透かしたように六郎は語りかける。
「子供の時分には、祭りを楽しむどころではありませんでしたね…私たちは」
金魚すくいに水風船に、この場を最大限に駆け回る無邪気な幼子たち。
その跳ねる姿を目で追ったところで七隈の胸に懐かしさは込み上げて来ない。無いのだ。幼い頃はしゃいだような思い出が、無いのだ。

「一度、この雰囲気をあなたと感じたかった」

唐突な、兄の言葉。
「……気でも狂いましたか」
「かもしれません」
自嘲気味に言うわりに、六郎は穏やかな表情を浮かべていた。
「馬鹿馬鹿しい…」
ほとほと呆れる。
「礼を言います、七隈。今夜は…私の勝手に付き合ってくれて」
「……」
返す皮肉が思い付かない。本当に、今日の六郎は可笑しい。何を考え何をしたかったのか、いつも以上に解せない。…双子だというのに。他人よりも遠い。
「そろそろ、帰りましょうか」
「もう帰るのですか」
「……はい?」
「あっ…いえ、何でも…ありません」
(私はいま何と言った?)
隠しきれない動揺。
自分でも信じられないような戯言をほざいてしまった気がした。
あの言い方ではまるで…
「あなたが早く帰りたがっていると思ったのですが」
「ええ、帰りたいです。早く…行きましょう」
…まるで、祭りを名残惜しんでいるみたいではないか。
先陣をきり歩き出す七隈。
先ほどの発言を無かったことにするべく足を早めた。

「七隈」
腕を、掴まれる。

「やはりもう少し、屋台を見て回りませんか」
六郎と目線が合う。澄んだその左目がまっすぐにこちらを見つめていた。
腕を離せと、馬鹿も大概にしろと、怒ってやれば良いのに。……出来なかった。
掴まれた腕はじんわりと兄のぬくもりを感じ取っていた。子供の頃、触れ合うことに違和感を感じなかった頃に、戻ったような感覚がする。一瞬だけだったけれど。

 ―可笑しいのは、自分のほうかもしれない。

一夜限りという祭りの儚さと妙な切なさが、七隈の胸を過ぎった。
微かに気持ちが高揚する。
「幼少の頃ならば、さぞ楽しかったことでしょうね」
心から思った言葉がするりと口を滑り出る。
「浴衣を着て綿飴を頬張り、夜が明けぬことだけを願ったでしょう」
ごく普通の家にごく普通の双子として産まれ落ちたならば。
「七隈……」
「…戯言です。おしゃべりが過ぎました」
出生を悔いてもそれは宿命という他ない。
前を向き直り歩を進める。
いつの間にか傍らを歩いていた六郎が、七隈の耳元で低く囁いた。
「来年は浴衣を着てきませんか?」
「………」
本当に、酔狂な男。
明日のことも知れぬ身で来年などと…。
祭りの賑やかしさにかき消された兄の声が、いつまでも七隈の耳から離れない。




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