殿と小姓



側にいることが切なくてたまらなくなったのは、いつからだろう。目の前にいるほど遠く儚い存在。
「何を考えている?」
「いえ…」
あなたのことを考えている。いつも、いつもいつも。若き頃より幾年も。
「おまえはすぐ顔に出るからのぅ」
優しい手が六郎の頭をポンッと弾く。
「的を得た意見をサラリと述べるくせに…己の本音は口ごもるのか」
「そういうわけでは…」
きっと、わかっている。このお方には何もかも見透かされている。隠し事など一切出来ない気がした。
「ワシにはおまえしかおらん。十の勇士がおろうとも、六郎はおまえ一人よ」
「…はい」
こちらを振り向くことなく幸村は夜空を見つめる。
彼の後ろへ控えているうち、その背がどんどん大きくなっていくのに気付いた。頼りなさ気な雰囲気の中に、あるときから上に立つ者の器を感じた。
「これからも頼むぞ、六郎」
「……御意」
殿と小姓であろうと決めた。
恋い焦がれてはいけない相手だと己を律した。
彼の腕の中で感じる愛は…まやかし。
「おっ…六郎」
「何でしょう?」
「今宵は満月じゃな」
「……ええ」
「おまえと一緒に見られてよかった」
ハッと胸が跳ねた。
…確信犯。
こちらの気持ちを察して意地悪いことを言うのだ。ドキリとするような…嬉しいことを。
「いつもお側におりますから。満月など…二人でいくらでも見られましょう」
「う、うむ…」

六郎は知らない。
六郎のほうこそ自覚せず、幸村の胸をドキリとさせているのだと。
(つくづく嬉しいことを言ってくれるのう…)
幸村の胸に宿る小姓への想いは初めて出会ったときから変わらない。
―ひと目惚れだった。
大人になり妖艶さを増していく六郎を、熱のこもる瞳で見つめ続けていた。
殿と小姓の関係を保とうと必死なのは六郎だ。あちらがその気なら…この危うい関係をぶち壊してやってもいいと幸村は常から考えている。
「寝るか?」
「はい」
月明かりに照らされた美しい小姓の顔を直視できないでいた。見てしまえば…高まりを抑えられないとわかっている。

互いを想う故に伝わらない想いがもどかしい。



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