夜這いのススメ「…そんな格好で夜這い、ですか」 深夜の上田。忍び足で廊下を歩く不審人物を発見。 「…ハァ!?誰が夜這いだァ!」 「懲りませんね。あなたも」 打たれ強い、というか何というか…。 「うっせ!今夜こそ殺してやるんだよ才蔵を!」 「そうですか。…才蔵を殺しそびれた挙句そのまま部屋に居座り朝まで寝床を共に出来るといいですね」 「小姓……てめぇ見てやがったのか」 「鬱陶しいと何度蹴られても布団を離れない根性、さすがです」 才蔵が嘆いていた。鎌之介が毎夜しつこくて本当にウザい、と。 …本人は迷惑しているようだが、六郎からすれば毎晩毎晩懲りない姿が健気でかわいらしくも見える今日この頃。 「……あああクソ!なんか萎えた!小姓のせいだかんな!」 「すみません」 べーっと舌を出して鎌之介は六郎に背を向ける。 そのまま廊下の暗闇へ消えていった。大人しく『才蔵一緒に寝よう』と誘えばいいものを。 …誘い方を知らないのだろうか? 意地を張るだけではどうにもならないことがある。鎌之介は達者そうに見えて案外ウブなのかもしれない。 「それならば…」 六郎に妙案が浮かんだ。 部屋の前。スッ…と襖を開ける。なるべく静かに目標へ近づき、布団の中へ手を滑り込ませる。と、同時。 「何してやがる」 喉元に刃物が突きつけられた。 「寝ているかと思いました」 「気配くらい分かるっつーの!ンで、何だよ」 「…少し、指南しようと思いまして」 「はぁ?指南……?」 喉元の気配が遠ざかったのを見計らい、一気に布団へ潜り込んだ。 「うお!!おい小姓!ちょっ…」 有無を言わさず鎌之介の身体に馬乗りになる。 細い両手首を封じ込めた。 「良いですか?着物は肌を多く見せ帯は緩く、です」 「ハァ?て、てめえ殺すぞ…!」 「そんな言葉遣いではいけません。耳元で囁くように…」 唇が触れるか否か、という距離まで顔を近づける。 「才蔵…隣に居ていい…? と、言うのです」 ぷしゅー! 湯気が出そうなほど鎌之介の顔から熱い温度を感じた。 「ななななぁ!?」 「今のように高揚した可愛い表情で囁けば尚良しですね」 「っざけんな!な、なんのつもりだ小姓!」 「…夜這いのススメ、でしょうか」 いつの間にか、六郎は楽しんでいた。夜這いとは名目で、いちいち反応する鎌之介が面白くて愛らしくて仕方ない。 「バ…バカヤロウ!!」 「…少々声が大きいですよ」 六郎は自らの肩にかかる着物を剥ぎ落とした。 陶器のように白い肌。浮き上がる鎖骨。鎌之介に見せつけるように、わざとやらしくしてやった。 …さあ。今度はどんな反応をする? 鎌之介がよく言う『ゾクゾクする』とは…今のように高まった気分のことをいうのだろうか。 だが期待に反して、組み敷いた身体は動かない。 「……どうしました?」 少し、やり過ぎたか? ウブだと知っていながらどうしても意地悪したくなったのだ。 「六郎……」 「はい」 「その…なんつうか……、色っぽいな、おまえ」 予想外。思いもしない反応。 こちらのほうが固まってしまう。 「でも、肌、冷てえよ」 「…すみません」 「……ほらよ」 ゴソゴソと手を動かし、鎌之介は掛布団を六郎の肩までかけてやる。 布団と彼の温もりに挟まれる。 空気を読まない迷惑な奴かと思えば、こんな不意打ちをかましてくる。…何とも計れない男。 ―ああ、私ともあろう者が。 ただの興味本意の意地悪が、本気の夜這いへと進んでいく。 「鎌之介…隣に居ていい?」 「……ウッゼ」 文句を言いながら抵抗はされなかった。 紅髪を撫で、頬に口付けを落とす。それも抵抗がない。 指で触れた唇。微かに濡れて、やわらかい。 この唇を奪ったら、さすがに嫌われるだろうか? 今宵はこのくらいにしておこう。 毎夜、夜這えば良いのだから。 戻る |