忍失格



『なあ、稽古しねえ?』

…あの体たらくが珍しく殊勝なことを言ってきた。
屋根の上で鉢合わせればいつも口喧嘩が耐えない、才蔵と佐助。まさしく犬猿の仲。
そんな彼奴が、佐助を稽古に誘った。裏があるに違いないと勘ぐれば、才蔵はあっさりと言い放った。

『負けたほうが何でも言うことを聞くってのはどうだ?』

…そういうことか。稽古に勝ち負けを持ち込む辺り、彼らしい。しかも賭けときた。
くだらんと流してやろうと思ったが、才蔵を負かすのは悪い気がしない。それに、何でも言うことを聞かせる、というのもなかなか興が惹かれた。
才蔵も佐助も己が負けることなど考えていない。

……それが、ただの出来心が、こんな事態に発展してしまうとは―。

布団の上。
股を広げ座る佐助。
開かれた足の間に、黒髪が揺れる。その頭は不規則に上下していた。
「…ん、やめ…ろっ」
先刻勝負を吹っ掛けてきた男が今、口にくわえ込んでいるのは…佐助の一物。
「っるせえ…負けたんだから大人しくしとけ猿」
手足で抵抗してみても、どうにも力が入らない。
熱のこもった部分から力が吸われていくようだ。
「な…何故っ…才蔵…」
何故?何故このようなこと?
「……言わねえ」
脱げかけていた着物がスルッ…と肩を落ちる。
「黙ってイっとけ」
乱暴に強く吸われる刺激。
「んっ…あ…っ」
漏れる己の嬌声に、激しい羞恥が襲ってくる。
同時、耐え難い吐精の衝動に包まれた。
「さ…才蔵…、キツイ…」
「早く楽になれよ。さっきから…しょっぱい汁が出まくってるぜ?」
「う…るさい」
「コッチのほうも我慢強い性格なんだな」
「…うるさい!」
「そんな顔で睨んだって、そそるだけだぜ…?」
才蔵はわざといやらしい音を立て性器を舐めあげる。
先端から溢れ出す我慢汁がポツリと糸を引き布団を濡らす。
見下ろす整った美顔も、大きなモノを口に含む苦しさで歪んでいた。
その様を見るだけで、ますます芯が硬くなるのを感じた。
自分は才蔵に欲情している。
認めたくない事実。素直な身体。
佐助の腰がビクンと反応し、いよいよ限界が近づく。
「ん…んっ…!」
こんな状況で。こんな男の口へ。こんなにも無様な自分…。

佐助は才蔵の口の中へ勢い良く精を放った。

「んあぁ…」
解放された。達したあとの独特の満足感。かつてこれほどの高まりは経験したことがない。…しかし、満たされたあとすぐ、押し寄せてくる後悔。
「…出来る忍も、こうなりゃただの男だな」
意地悪。佐助の心情を見透かして、こいつはそんなことを言うのだ。
グッと気だるさを飲み込む。
乱れた着物を素早く直し、才蔵と距離をとった。
「おまえ、おかしい…!」
本当に、どうかしている。
「ああ。そうかもな。だが俺は…」
才蔵が身を乗りだし、縮まる二人の距離。
「俺はこうしたいと思ってた。前からずっと」
「なっ…」
そのまま、抱き締められた。
組手をとったときのあの力強さで、掻き抱かれる。
「鈍いおまえにはこんくらいしねえとな…」
耳元で囁く、普段より一層低い声。
「本気で抵抗されたら止める気だったんだぜ、佐助?」
欲しかったのはきっかけと口実。
「我、抵抗した…!」
「本気で?」
問われ、言葉に詰まる。
「……少しでも俺に隙を見せたおまえが悪い」
「…否!」
「もう諦めて俺のモノになっちまえよ?」
目と鼻の距離に迫った真剣な眼差し。
「才蔵…」
今、抱かれた腕から逃げないのも、戸惑いながら才蔵のするがままになったのも、彼奴の言うように…心に隙があったからじゃないのか?

 ―才蔵になら、されても良いという隙。

それを見抜かれていたなんて、
「…忍失格」

あふれるのは自責の言葉とぎこちない喘ぎ声。

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