月夜隠して「ああー、どこ行きやがったんだ才蔵のヤロウ」 上田の城内。小さい城のくせに人の足で歩き回るとなると、なかなか骨が折れた。 先刻から城をぶらついてみたが、探し人の影すら見えないまま。もはや城内にいないのでは…?そう思い、由利鎌之介はしぶしぶ庭へと足を運んだのだった。 「だっりィなあー」 こんな夜中にあいつ、どこをほっつき歩いているんだか。見つけたらまず文句をぶっつけてやる。それから腹に蹴りいれて、それからそれから…。才蔵のすかした顔やぶっきらぼうな声が頭に浮かんで、思わず舌打ちが漏れた。 「クソっ!」 (シュッ…) …静かな夜に響いたのは、自分の舌打つ音だけでは無かった。 「んだよ、そっちにいるのか才蔵!」 微かに耳に届く、刃物をこすり合わせたような金属音。 あちらに誰かいる。 鎌之介はずかずかと地面を蹴って音の鳴る方へ足を急がせた。 (シュシュッ) 足を進めるにつれ、よりはっきりと聞こえる。音の主に近づいているのだとわかる。自然と鎌之介の胸は高鳴った。 …いつも俺のことをウザがりやがって、今日だって突然いなくなったりして…、才蔵のことを考えると腹が立って仕方ねえ! そう思うのと同時に、身体を覆うアツい何かが止まらなくなるのを鎌之介は感じていた。 「おい!てめェっ」 呼んではみたが、相手が振り向く様子はない。 彼は月夜を背に屋根の上に佇んでいた。ただじっと満月を見上げている。 あのヤロウ…無視ししやがって! 鎌之介は身軽な体を使いトントン、と屋敷の壁を駆け上がった。 下から人影を見つけたときは月の逆光で姿がよく見えなかったが、こうして同じ目線に立てばすぐにわかる。 「ー…猿かよ!」 栗色の髪をなびかせながら、彼が振り向いた。 「……鎌之介」 互いの目と目が合う。 猿と呼ばれた男、猿飛佐助は手に持っていたクナイを慣れた手つきで服に収めた。 「何してンだよ、こんなとこで」 一瞬、誰かと思った。 いつも頭に被っているものがないだけで、別人のように感じられる。 「修行…」 「ハァ?」 佐助がスッと指差す。差された方向を見れば、一本の巨木。 「…的」 「まと?」 んああ、なるほど。あの木を的にクナイを投げていたのか。聞こえた金属音は佐助が武器を投げる瞬間、刃物が擦れる音だったのだ。 遠く視界の暗い中、よくもあんな的に命中させやがる… と、変に感心してしまう。 「あーそうだ、おまえ。才蔵知らねェ?」 「才蔵?見ていない」 「あっそ」 見当違いだった。奴がいないのであれば、ここに用はない。 「んじゃ」 屋敷に戻ろうと背を向ける。 「鎌之介」 「…なっ」 屋根から飛び降りるべく弾みをつけていた体を、突然引き留められた。 自分の腕を、佐助が掴んでいる。 次 |