教えて小姓六郎とて、わからないことは山ほどある。 策士の主を持つと、頭の回る小姓と思われがちだ。 「なぁ!?この胸のモヤモヤは何なんだ!?」 ……持ちかけられた相談は、とても難義なものだった。 「才蔵の手が頭に触れて以来、悶々とする理由…ですか」 「そうだよ!どうしてこんなにも落ち着かない?なんでニキニキする?」 眉間にしわを寄せてみたり、急に顔を赤らめたり、一人百面相をしている鎌之介。 この者に落ち着きが無いのはいつものことだが、それとは少々事情が違うらしい。 「なぁ…わかんだろ?小姓なら!」 「難しいですが…強いて言えば…恋の病、でしょうか」 「ハァ!?ちっっちげーよ!!」 客観的に見て、鎌之介の様子は明らかな恋。 六郎でなくともそう判断したことだろう。 「俺が…クソ才蔵に…こ、恋なんて、ありえねーよバカ!!」 湯気がでるんじゃないか…、というくらい真っ赤に顔を燃やす乙女のような男。 そういう反応こそが『恋』の特徴だと、当人は知らない。 「意地を張っては駄目です。素直におなりなさい」 「うるせーよっ!小姓のクセに小姓のクセに……」 六郎の言葉など、両の耳を通り抜けている様子。ぶつぶつとボヤキながら、紅髪をぼさぼさ掻き乱し始めた。 「アイツの近くにいると変になる…!俺が俺じゃなくなって…ココがうるせぇ…!」 自分の胸元を押さえ強く握りしめる。 「苦しいんだよ…」 …ああ、この子は本気なのだと感じた。本人は気づいていないのが惜しいほど。 「……なあ、テメェはどうなんだよ!?」 「…はい?」 「小姓は、おっさんに恋、してんのか?」 「わ、私ですか」 相談にのってやっているのに、なんとも迷惑なとばっちりを投げられる。 「いーっつもベッタリだろおまえら!」 「ええ。主と小姓ですから」 それ以上の思いなど、無い。……と思う。 「私があのお方に抱く思いは、恋のそれとは違います。例えば、幸村様のことを考えたところでニキニキしません」 「………」 むすーっとふくれっ面を見せる鎌之介。 「それにたくさんの女が主に群がろうと、何も感じません。あなたは嫌でしょう?才蔵に女がたっっっくさんくっ付いていたら」 「嫌だァ!!」 即答。 「それはあなたが才蔵を、好いているからです」 とうとう涙目になってしまった鎌之介に、コレでもかと言うほど睨みつけられた。 …こういう鈍感で意地っ張りな男には、はっきりと言ってやったほうが良いのだ。 「俺は…才蔵と滾り合いてぇんだ」 急に声の温度が下がる鎌之介。 「いつでも殺す覚悟でいる。甘ったるい感情なんて、ねえよ」 今までと違う、真剣な眼差しが六郎を見つめた。 ―微笑ましいと思った。 「テメェ…何笑ってやがる」 「やはり…鎌之介は彼のことが好きなのだと感じまして。そのことにいつまでも気づかないあなたが、可愛らしくて笑ってしまいました」 「小姓……殺す!!」 鎖鎌を手に構え、刃先を六郎に突きつける。 六郎は動じない。 「私のことは今すぐにでも殺せるでしょう。けれど…才蔵を殺すのには、覚悟が要るのですか?」 「…なっ…」 覚悟でいる、とは言い換えれば覚悟しなければ殺せない、ということ。 何も感じず殺し合いを演じていたあの頃とは、違うのだ。 想いとは、変わりゆくもの。 「もう一度言います。素直におなりなさい」 ―ドンッ! 六郎に向けられていた鎖鎌を引っ込めると、鎌之介はそのまま何も言わず部屋を出て行った。 静寂が戻ってくる。 「……疲れた」 意地っ張りの相手は、なかなか疲れる。 認めてしまえば楽になれるものを、あの者は…当分の間モヤモヤに悩まされるだろう。 「認めてしまえば…」 そう。そうすれば楽になれるのだ。 女好きの主が頭に浮かんで、ため息がもれる。 私とて、わからないことは山ほどある。 己の気持ちすら、ほんとうはよくわからない。人に恋を語れるほど出来た人間じゃない。 「何も感じないわけ、ないですよ…」 群がる女共をなぎ払い、主を自らの側へ繋いでしまいたかった。 ー叶わぬ相手に嫉妬している。 六郎の中にも、名の分からないモヤモヤが居座っていた。 それを恋と認めてしまえばもう、ただの小姓ではいられない気がした。 戻る |