温泉へいこう



「鎌之介、もう少し」
「ンもー!まだ着かねえのかよ!」
森の中。一時間ほど歩いたところで鎌之介は根をあげた。
つくづく根気の無い男だと呆れる。だが、そんな飽き性をここまで無理矢理にかり出したのは、佐助自身だった。
 ーどうしても連れていきたい場所がある。
「あとどんだけ歩きゃいいんだよ!」
「……半刻」
「ハァ!?もうやってられっかクソ!」
クルリと体の向きを変え歩いた道のりを引き返し始める鎌之介。
「才蔵、半刻くらい余裕で歩く」
ビクッと紅髪が振り返る。
「ここで引き返す、おまえ、才蔵以下」
「んだと………」
動揺の灯った瞳が佐助を睨み付けた。
この男には『才蔵』という単語が何よりも効果的だと知っている。
「行こう。目的地、すぐ」
「すぐじゃねえよボケッ!」
それからの道中、絶えない言い合いを続け軽くあしらいながら、着実に目的地へ足を進めた。
いつもは一人で偵察に廻る森が、今日は騒がしい。
おしゃべりな男を連れているだけで歩き慣れた道がまったく別物のように感じられた。
ちょっとだけ、楽しい。
「着いた、鎌之介」
「お。おおお!」
佐助にとってはあっという間の時間。一方で辛そうにゼェハァ息を吐いていた鎌之介が、やっと目を輝かせる。
「温泉!!」
湯煙がモコモコ立ち上る森の天然温泉。
佐助が偵察中に見つけた秘密の場所。
まだ誰にも教えていないし、他に教えるつもりもなかった。
「すげえ!川で水浴びるよりこっちのがいいなあ!」
(…鎌之介、綺麗好き)
温泉も、本当は好きなはず、と思いこうして連れ出してきたのだ。
以前彼が意地を張り入りそびれた湯のことを、佐助は密かに気にし続けている。
「ゆっくり、つかると良い」
「……べつに入りたいわけじゃねえけど!…汗くらい流してやるよ」
しぶしぶ、を装っているのが見え見え。素直じゃないくせに嘘をつくのは下手なようだ。
 ーバサッ
「…お、おい!」
唐突に、鎌之介が着物を脱ぎ去る。
いきなりの大胆な脱ぎっぷりに口が塞がらない。
「なーんだよ」
「ここで…脱ぐな。辺り、気にしろ」
「っるせえ!こんな奥地、誰も見てねえだろ」
 ー我、見ている…。
気恥ずかしさが込み上げた。
何も纏わぬ豪快な姿を曝す鎌之介。佐助は目を逸らしつつ、隣が気になって仕方ない。
一瞬目に入った小尻が、脳裏に焼き付いてしまって困る。
「ん?おめェは入らねーの?」
「わ、我!?」
「佐助の着物、脱ぎにくそうだよな!待てねえから先つかるぜ!」
言うなり、白い湯気の中へ消えていくかわいい小尻。
(裸と裸の付き合い……)
幸村様や才蔵と湯を共にするのとは、わけが違う。
相手は鎌之介なのだ。それだけで…何故か動悸が止まらない。
あのとき本当は、残念だった。この者と、いっしょに温泉を楽しみたかった。

「うおおおォ!!」

 ー突然。
静かな森に響いた鎌之介の叫び声。
「!!」
思考を巡らす前に体が動いていた。
煙を割いて、湯へ急ぐ。
「さすけェ!!」
腰を抜かした鎌之介がぺたりと地面にへばっている。
「何事!?」
「ななななんだコレ!?」
取り乱して指差す先には、温泉。そこに浸かる、 
 ー動物たち。
「聞いてねえぞぉ!んだよコイツらは!?」
猿猿猿、の山。顔を真っ赤にし気持ち良さそうに湯を満喫している。
「ここ、コイツらの場所」
「……うぉい」
「今日、借してくれと頼んだ」
鎌之介のために。
秘密の穴場を、動物たちに借りたのだ。
「ああああ早く言えよクソサル!」
「気にしない。我も、入る」
「もう…もう帰る!!」

…佐助のささやかな夢。
鎌之介と共に湯へつかる日は、まだ先になりそうである。



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