ぽにいている


ジーっと見つめる、目の前のうなじ。
黙々と武器を磨いている背に張り付いている佐助。
「なんだよ…ウゼェんだけど」
先刻から何度疎まれようが、この場を動く気はなかった。
「…視線が刺さって気ィ散るんだよバカ!」
「気にするな」
「ちょーし狂うぜ…」
鎌之介の何度目かのため息がもれる。
夜中、才蔵の寝首を襲うための努力を鎌之介は欠かさない。武器が錆びていたんじゃ話にならない。夜な夜なこうして刃物を磨くのが近頃の習慣となっていた。
そして、その場に佐助がいることも、常となっている。
相手の無防備なときを襲うなど不公平だ。一方的な奇襲を最初は咎めたが、三度目あたりから佐助は小言を言うのをやめた。何を言ったって、この男には通用しないと気づいたからだ。
蝋燭に灯された小さな火が静かな息で揺らめく。
日が落ちてしまえば、明かりと呼べるものはこの火くらい。そんな薄暗い部屋で佐助が一点見つめるものは、鎌之介のうなじだけ。
「何故、夜は髪を高く結う?」
「あぁ?」
「昼間は低く結っている」
いつもは無造作に結ばれている紅髪。だが夜、風呂を済ませてからは耳よりも上のほうで髪は結ばれていた。
そのおかげで目についてしまう、細く白いうなじ。
 ―色っぽい。
不埒な思いで一点を凝視してしまう。散らばる髪の毛が首元に流れると、ますます扇情的に見えた。
「何でって…前に髪の毛が燃えたんだよ」
「燃えた?」
「ああ。うずくまって刃物研いでたら、蝋燭の火に髪がかかって、そのままボワッと炎上」
「な……」
「んだから、邪魔にならないように高く結んでんの」
成程。
この鎌之介の様子では、火のことなど目に入らないくらい熱中していたに違いない。頭の中は才蔵と殺し合うことだけ、のようだ。
「良いと思う」
「ハァ?」
「そ、その方が良い」
「……オメェさては変態だな」
「い、否!」
ニヤリ、と意地悪く口を歪める鎌之介。
「銃のおっさんもこんな風に結んでるよなー。ああゆうのが好きなのか佐助は」
「否!!」
あれとこれとではまったく別物なのだ!
筧十蔵のソレに心揺れたことなど、断じて無い。
「ぶはー!本気で否定するあたり怪しいぜこの野郎」
ケラケラと笑い始める鎌之介。誤解されたままではたまったもんじゃない。ここははっきりと言わなければ。
「我、おまえだけ!」
「………」
一瞬の沈黙。
「我見ているは、おまえのみ!」
毎夜こうして他人の部屋を訪れるのも、飽きず後姿を眺めていられるのも、相手がこの者だからだ。他の誰でも良いわけじゃない。
「な、な、なんだそりゃ!バッカじゃねぇの!?そんなこと言われたって嬉しくねーっつうの!ボケが!」
ありったけの悪態をつかれた佐助。それでも仕方ない。誤解を解かなければならないし、これからも夜を共に過ごしたいから。
「全て、真実!」
「んな!?」
明らかに動揺している鎌之介。
自信家の瞳が泳ぐ。
「も、もーいい!」
言うなり、結んでいた紅髪を一気に解いてしまった。
「今夜のおまえ、絶対変だァ!」
そういう奴こそ動揺したりして変だろう、と佐助は思う…が口にはしなかった。これ以上へそを曲げられたんじゃ後々困る。
「もう自分の部屋もどれよ!俺は寝るからな!」
「寝込み、襲わない?」
「そういう気分じゃなくなった!テメェのせいでな」
鎌之介は鋭く磨いた武器を畳の隅に避ける。
「諾。また明日、来る」
「んもー来んな!」
「来る」
「………ウッゼ!!」
 ―ドンッ!
廊下に追いやられ物凄い勢いで襖を閉められる。
襖の向こう、部屋を灯していた明かりがシュッと消えた。本当に寝るつもりなのだと、安心する。何もしないと言いながら、才蔵を襲いに行った前科がある。
自分も大人しく寝よう、と足を引き返す。
途中、閉め出された襖がそっと開く音が聞こえたが、佐助は振り向かなかった。
 ―満足。
内に秘めた思いを、伝えることが出来た。今の佐助は小さな充足感に溢れている。こんなにニヤけた顔では、振り向くことはできなかった。

もしかすると、自分は鎌之介のことを好いているのかもしれない。

いつの間にか、勇士の仲を越えた想いを抱いている。艶やかなうなじに魅せられた興味が、好意へと変わり始めていた。




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