初夜



真夜中、目が覚めた。
おぼろげな月明かりが照らす部屋の中。

ひとつの床にふたりの男。

体半分が床からはみ出したまま静かに寝息をたてている美青年。
「風邪ひくぞ…佐助」
起こすべきか触らぬべきか。
一息悩んで、やはり起こさぬように決めた。はみ出した彼の体に布団をかけ直してやる。今度は自分のほうの布団が足りなくなったけれど、鎌之介は構わなかった。
想い人が風邪をひくよりいい。
床を共にするようになってしばらく経つ。しかし、佐助はこの行為になかなか慣れてはくれない。
やはり気恥ずかしさが拭えないようで、ことの最中はいつも以上に無口になってしまう。
「…何故…起きている…」
小さく背伸びをしながら佐助が目を覚ました。
「悪りぃ。起こしたな」
「否。あまり眠れない」
「なんで?…まだ興奮してんのかよ」
「違…っ」
目を丸くして大げさに否定する佐助。
「期待どーりの反応、可笑しい奴」
そう言うなり、鎌之介は佐助の唇に接吻を落とした。
「んっ…」
歯を割り舌先をねじ込む。息が苦しくなるまで激しい接吻を繰り返す。
それなりに上手くなったな、と鎌之介は思った。初めて口付けたときのぎこちなさは忘れられない。口付けも、もちろんそれ以上のことも彼は知らないようだった。

初夜はずいぶんと手こずったのだ。

佐助は自分の服を脱ぐことすら躊躇い、裸体をさらしたこちらの方を見ようともしなかった。
『恥…』
と、うわ言のように言い続け、結局押し倒したのは夜が白む頃、鎌之介の方からだった。
『もういい!てめぇは寝てるだけでいい!』…初めてが騎乗位というのもどうかと思う。しかしあのときはそんなことを考える余裕もないくらい、性欲が切羽詰っていた。
思っていたよりも逞しく引き締まった身体。顔に似合わず男を窺わせる下半身。
 ―早く早くイかせてくれ!
一人盛り上がってしまった鎌之介は自分を止めることができず、半ば犯したような形になってしまった。
佐助はそのことを引きずっているのだろうか…?
あれ以来、彼からは一度も誘ってくれない。
「なぁ…気にしてる?初めてヤったときのこと」
「……」
ああ、気にしているって顔をした。
「あれはさ…、悪かったと思ってるって!早く入れて欲しくて焦りすぎた」
すっかりそっぽを向いてしまう佐助。
「んもー!機嫌直せって!」
悪気があったわけじゃない。…ただ少し、欲望に素直すぎただけだ。
「……我」
「ん?」
「我、大切にしたい」
目を逸らし続けていた佐助が、今夜初めて鎌之介を見据えた。
「…おまえ、大切にしたい」
「な……」
遠まわしに言えない、彼の不器用な言葉が、まっすぐに伝わってくる。
「焦る…けど、適当にしたくない」

 ―思っていた以上に、それ以上に、佐助は鎌之介のことを想っている。

片言の短い言葉に、想いの丈が込められていた。
「繋がるのは…身体だけじゃない。心、一番大切」
「おまえ…」
「我、上手に出来ない…。けど時間欲しい。大切にする時間、欲しい」
彼の想いが澄んだ瞳の奥から流れ込んでくる。
早く繋がりたい思いが先走りすぎて、佐助のことを考えていなかった。誘わなかったのではない。誘えなかったのだ。そういう状態を鎌之介自身が作ってしまっていた。
「…悪りィな」
繋がるのは、心が先なのに。
「否。…構わない」
急かされて、相手の気持ちが追いついていなかった。
「時間、いっぱいかけて気持ちよくなろうぜ」
「き、気持ちよく…」
ゆっくりゆっくり、互いの想いを確かめ合う時間。それはどれほど幸せな時間だろう。
過ぎた夜はやり直せない。これから先、肌を重ねる幾度もの夜、過ぎた分まで佐助を大切にしてやりたい、鎌之介はそう思う。
焦らずとも、戦国の夜は長い。


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