部誌9 | ナノ


逃げも隠れもしたくはないが



別におれは、嵐山のことを嫌ってる訳じゃない。
広報できるくらいイケメンで爽やかで、嫌味のないとこが逆に嫌味っぽいとか思ったりもするけど、広報しながらA級に居続けることの苦労やしんどさは尋常じゃないだろう。嵐山含め、嵐山隊の奴らは、努力のひとたちだと、心の底から思っている。

そう。嫌いでは、ないんだけども。

「嫌いじゃないなら普通にしててくださいよ。隊長がああだと私たちの士気がさがるんです」

「んんんんん」

女子中学生に真剣に叱られる大学生ってめちゃくちゃ情けない図だ……。
ボーダー本部、人気のない場所で壁にもたれてうんこ座りしてるおれの前で仁王立ちしているのは、嵐山隊の木虎である。おれが嵐山を避けていることで、嵐山のテンションがだだ下がりしているらしく、何故避けたりするのかと苦言を呈しに来ているのだ。
いやでも、おれのせいとは限らんだろ? B級の端っこに引っかかってるおれごときが、嵐山の不調に関与してるわけなくない?

「なんだか余計なこと考えていそうだからあえて言いますが、今の嵐山先輩の不調はどう考えてもみょうじ先輩のせいですからね」

なにこのここわい……エスパーかよ……



最近入隊してきたやつらは知らないらしいが、おれ、みょうじなまえと嵐山准は、同期である。同い年で同期入隊ということもあって、柿崎国治と三人でよくつるんでたもんだった。おれもかつては、嵐山隊のひとりだったのだ。
柿崎よりも先に嵐山隊を脱退することになったとき、嵐山はもうごねたごねた。駄々っ子かよってくらいにごねた。その時には嵐山隊はB級上位にいて、おれは自分の力不足を日に日に実感していたし、他にやりたいことを見つけてしまっていた。熟慮の末に脱退を決意したんだけども、嵐山にはそれが通じなかった。

16歳児の全力の駄々って見たことある? おれはある。死ぬかと思った。公衆の面前で何やらかしてくれるんだって思ったし、世の中イケメンと味方なのもほんとクソって思った。
なんとか説得はできたけど、必死すぎておれはその時どんな風に嵐山を宥めたのか記憶にない。ただ、終わって一息ついたおれを、時枝と柿崎がやらかしたな……って顔してたのはやたら覚えてる。何やらかしたんだおれ、って戦々恐々となってその日は寝れなくて、でも次の日にはすんなり脱退できた。そのあと何もなくて今まで続いてるから、時枝と柿崎のあの微妙な顔の理由は判らないままだ。
つうか柿崎の時にあんな全力の駄々見せなかったのなんなんだよ嵐山お前ふざけんなよ。ちょっと柿崎寂しそうだったろ。事前に柿崎から脱退のこと相談されて、心配になって物陰から覗いてたおれの目は点になってたよ。おれの時のあの駄々まじでなんだったんだよ。

そんでまあ、広報担当になった嵐山隊は、おれの代わりに佐鳥、柿崎の代わりに木虎を迎え入れて、A級でありながら広報も務めるというなかなかよその隊にはできそうにないことをやってのけながら今日に至っている。
柿崎なんかは真面目だし面倒見いいしで隊を作ったりしてたけど、おれといえば生来の面倒くさがりとやりたいことのためにソロでひいこらここまで来た。もともと狙撃手だったけど、今のおれは万能手寄りの人間だ。あと、冬島隊長と雷蔵さんに弟子入りして、トラッパーもどきになれた。おれはまだまだ未熟だから、まだ「モドキ」のくくりなのだ。
開発室の雷蔵さんに弟子入りしたのは、自分のアイデアを生かしたトリガーを作りたかったから。自作のトリガーの試用試験するついでに対戦相手を罠にはめていくのが楽しいので、おれとしては現状に満足している。研究開発に夢中になりすぎてランク戦の存在忘れることもあるけど、そこはご愛嬌ってことで。

そんなわけで、同い年で同期の三人は、結局バラバラになってここまで来たわけだ。長いような短いような。隊は分かれても、おれも柿崎も嵐山も疎遠になることはなかった。同じ隊の頃のように密接ではないかもしれないけど、同期の縁ってのは、そう途切れるもんではなかった。ソロで孤独なおれとしては、嵐山と柿崎の二人は、ボーダーで一番仲がいい2人、なん、だけ、ど。

嵐山が最近変なのだ。
こう、無駄に距離が近いというか……変な空気を滲ませてくるというか……よくわかんねえから及び腰になるし、逃げを打ってしまう。あと、目が怖い。なんかこわい。顔面は笑ってるのに目は笑ってない。怖い。

「子供ですか? 怖いからって逃げ出すなんて。そもそもあの嵐山先輩が怖いとかいう理由も理解できません」

「いや、木虎の前では普通なんだって! けどこう……おれの前では態度変わるっていうか……怒らせるようなことなんかしたんかなおれ!?」

やれやれだぜ、とばかりに首を振る木虎に思わず伏せていた顔を上げた。芝居がかった仕草も様になるとは、これだから嵐山隊は! 木虎美少女だな! おれの好みじゃねーけど!

「知りませんしどうでもいいです。嵐山先輩がみょうじ先輩に避けられて落ち込んでるなら、怒らせてはいないんじゃないですか?」

「木虎お前……天才か」

「それは認めますが、それよりみょうじ先輩の頭が悪いのでは?」

なんで木虎っておれにこんな当たり強いの? こわい。
女子中学生の無敵さに打ち震えるおれに、救世主が現れた。柿崎と時枝である。顔を出した途端やっぱり、とか言われたから、おれらの声が聞こえたんだろうか。
男子大学生と女子中学生が人気のない場所で2人きりで、なんて字面だけみたらやばそうだけど、今のおれと木虎であれば全く問題なさそうである。木虎換装してるし、おれ生身だし、木虎のが物理的に頭が高いし。

それでも、おれら2人の組み合わせは意外性があったらしく、柿崎が訝しげに首を傾げた。

「お前ら、こんなところで何してるんだ?」

「柿崎じゃん。ちっすちっす」

「相変わらず軽いなお前……」

「失敬な」

おれのどこが軽いというのだ。
思わず眉を寄せると柿崎は諦めたように話を逸らした。

「で? 何してたんだ」

「私は、嵐山先輩のことで少し」

「ああ」

柿崎の質問に木虎が答え、同じ嵐山隊の時枝が納得したように頷いた。そして時枝はちらりとおれに視線を寄越すと、小さく溜息を吐いたのだった。え、普通に傷つく。時枝はおれにとって可愛い後輩なので、その態度はそこらの隊員にやられるより傷つく。ナイーブなんだよおれは!

「嵐山さんも焦ってるから」

「嵐山が? なんで?」

思ったことを口にしただけなのに、3人いっぺんに溜息を吐かれた。何故じゃ。
頭の上にクエスチョンマークを浮かべるしかできないおれに、柿崎と時枝は妙なアイコンタクトをしていた。2人で何を分かり合っているんだ。おれと木虎もそこに加えてくれよ。

「みょうじさん、告白されたでしょう。オペレーターのひとに」

「え? ああ、うん。他県に引っ越すことになったからって言ってた子?」

ボーダーを辞めることになって、多分記憶処理されるからって告白してくれた子だ。めちゃくちゃ可愛くていいこだった。ただおれはこの先もボーダーでやっていくつもりだったし、どれだけ可愛くてもよく知らない子と付き合うつもりはなかったから、ごめんとありがとうで終わったんだよなあ。カノジョとか長らくいなかったから心が揺れたんだけど、まあしょうがない。

「つうかなんで知ってんの? 告白された時には誰もいなかったはずなんだけど」

「ラウンジでその子が泣きながら「告白してよかった」って言ってたのを嵐山さんが聞いちゃったんですよ」

「お、おう」

やだなんだか恥ずかしい。時枝の言葉になんとなく照れてしまったおれを、木虎がめちゃくちゃ白い目で見てくる。止めておれのライフががりがり削られていく。

「そこで、みょうじさんの女性遍歴の一部を知ってしまったわけです」

「は? なんでそこでおれのジョセイヘンレキが白日の下にさらされてるの?」

女子こわい。なんでそうなるの。
確かに恋人はいたことはあるけど、そんなに数多くないし、隠してたつもりはないけどひっそりした交際をしてたはずだ。なんで遍歴と言われるほど諸々取沙汰されてるんだよこわい。

「悪い噂なんかされてませんでしたから安心してください」

「ああ。うん」

そこはありがたいんだけども、そうじゃなくてだね?
微妙な気持ちになってしまったが、それと嵐山の異変になんの関係があるんだ?

「みょうじ先輩、鈍すぎませんか?」

木虎がめっちゃイラッてした顔でこっちを見ている。

「嵐山先輩がみょうじ先輩のことを恋愛的な意味で好きなのなんて、一目瞭然じゃないですか」



「――――――は?」



「そもそもがお前が隊を辞めるとき、すげえごねてただろ……」

「え」

「その時、宥めすかしてたみょうじ先輩が嵐山先輩の「A級一位になったら付き合ってくれ」って約束させられたことも覚えてないんですか?」

「え、ちょ」

「「でもその前に俺のこと好きになって」って言われて「そのうちな」って返したこともか?」

「ちょ、あの」

「その二月後に彼女作って嵐山さんが1週間伏せったことも、原因が自分だとは思ってない?」

「待って……」

情報過多が過ぎる……。
柿崎と時枝に矢継ぎ早に言葉をかけられて、おれ、混乱の極み。頭を抱えて蹲っていると、頭上からぼそっと「最ッ低……」という木虎の一言が降ってきて心が死ぬ。

「―――いた! みょうじ!」

そんなキャパオーバーのところにさあ! 嵐山本人が来ちゃったら、そら逃げるってなもんだろ!

「あっ! 逃げた!」

木虎の声が背後で聞こえるが、知ったこっちゃねえ、それどころじゃないんだよおれは!
今までにないくらいの全速力でおれは駆け抜けた。途中から換装して、屋根の上を飛び越えまくった。自作のトリガーのありがたさと有益性を、こんな形で知りたくなかったよおれは!

この日からおれの本気の逃亡が始まるのだが、悲しいかな、ひと月も経たずに捕まった。
さらにもうひと月くらいかけて本気の嵐山にしっかり絆されてしまうおれなのでした……。

どっとはらい。




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