部誌9 | ナノ


逃げも隠れもしたくはないが



「俺だってさ、逃げも隠れもしたくはないんだよ」
 テーブルに肘を置き、重ねた両手の甲に顎を乗せる。
「あいつには悪いと思うぞ、ああして慕ってくれるのは悪い気もしない」
 視線を外し、憂いが吐き出した吐息となってこぼす。これでもかと申し訳なさと罪悪感を醸し出しての演出だ。なのにだ、思い悩む演技までして語ってるというというのに、テーブル向こうに座る年下の友人であるレオナルドはズズズッと行儀悪くストローを啜っている。その顔は心底どうでもいいとありありと書いてあった。この野郎、その糸目限界まで開かせるぞ。
「ならプロポーズ受けましょうよ」
「無理」
 1秒もかけずに首を振って拒否。えーと顔文字でなら『(´Д`;)エー』だろうか、糸目だからまんまそれでちょっと笑いを誘ってくるの勘弁して欲しい。おいおいこの流れでなんでその回答がでるんだ、人の話聞こうぜ。
「なまえさんなんでっすかー、クラウスさん顔は怖いけど悪い人じゃないですよ」
「その名前を口にすんな、呼んだら来る。悪い奴でなくても酔って一回ヤっただけで半年以上求婚し続けてきても良い人っていえるか?」
「まさかの名前をいってはいけないあの人扱い……本当に悪い人じゃないんです、ただちょっと真面目過ぎというか」
 顔を青褪めならがも頑張って良いところを伝えようとするレオ。ここまで拒否してもめげずに語ろうとする姿はどれだけ相手を慕っているのがひしひしと伝わってくる。植物が好きなのもクロスフェアーが好きなのも知ってる、何せ色々連れ回されて講義も受けたからな。全く興味湧かなかったが。紳士なのも知ってるぞ、このまえなんて「この辺りは物騒だから送らせてほしい」なんて送り届けてくれたからな。俺一度も住所教えてないのに。そのせいでまた引っ越しする羽目になった。
 というのをさすがにいったらレオの上司に対する信頼度がガタ落ちするだろうから心に秘めてうんうんと適当に相槌を打つ。必死に上司の弁解するレオに多少なりとも申し訳ない気持ちになった。が、だからといってここで折れる気はさらさらない。でなきゃこうして逃亡犯の如く逃げ続けていない。
「なあレオ、そりゃあ相手が上司だから協力したいのは分かる。だがな、俺だって本気なんだ。あいつの気持ちに応えたいのは山々だが、断る俺にだって色々な理由があるんだ」
 そうだろ?と同意を求めたがレオは何ともいえない顔をして沈黙を貫く。肯定出来ないが否定も出来ない悲しい下っ端の立場を察して心の中で涙する。そうだよな、もし聞かれてたら減給される恐れあるもんな。どんまいレオ、同情はするけど助けはしない。俺だって自分の身の安全が第一だから。
 そこで言葉が途切れ、気まずい沈黙が流れる。レオのストローを吸う音が店の中で響く。ズズズッ、ズッ、一体何を飲んでいるのやら。すると、啜る音が唐突に止んだ。
「ちなみに一番の理由ってなんすか?」
「いっていいのか」
「……黙っときます」
「教えてもないのにいつの間にか周囲の公認になってた」
 レオは頭を抱えてうなだれた。僅かに震えているのは気づかない振りをして話を進める。
「レオお前突然親から電話きて『あんたクラウスさんとってもいい人なんだからいい加減OKしてあげなさいよ〜』っていわれたときの恐怖が分かるか……俺、あいつに親のこと一度も話した覚えないんだぞ」
「あ、あああ……」
「なのに親に関係知られてる上にその親からプロポーズ受けろっていわれる俺の気持ちをお前は」
「ほんっっっとうちの上司がすみません! でもそれもなまえさんが好き故になんです!!!」
「好きだからってプライバシーを侵害して許されるのかね」
「はいそうですねすみません!!」
 別にレオが悪いわけではないというのにテーブルに擦りつけるほど謝られてしまうとさすがに気が引けた。これじゃあただの八つ当たりだ。「どうしよう弁解が思いつかねぇ……」と呻くレオにさすがに同情して頭を撫でる。
「俺がいいたいこと理解したろ? あいつに捕まったら終わりなんだ」
「……否定できないのが悲しいです」
 でも悪い人じゃないんです、何度も繰り返し同じ台詞を口にする友人に曖昧に笑い返すことしかできない。
 悪い奴ではないのはこの半年以上の付き合いで嫌でも知っている。だがたとえいい人でも限度ってものがある。自分の住所を悉く見つけ出して引っ越す俺の身を考え欲しい。プライバシーの侵害ダメ絶対。
「相手が重たい処女ならまだしも酔った勢いで一回ヤっただけの男だぞ? 恋人面どころか責任取られても困るっつうの」
 
「ならばせめて恋愛前提の友人付き合いから始めさせてくれないだろうか」

 ぶわりと全身に鳥肌が駆け巡った。まさか、そんな、嘘だろ。耳の奥から『某人喰い鮫映画のテーマ』が鬼気迫ってくる。嫌でも聞き慣れてしまった声に振り返ろうとはしなかった。否、してはいけないと本能的に察してレオを睨みつける。しかし、光の速さで目を逸らされた。ガタガタと痙攣しているが心配なんてしない。その行動の時点で答えをいってるようなものだ。この童貞、友達裏切りやがった!!
「おいレオこっち見ろ」
「すみませんすみませんすみませんクラウスさんの頼み断れなかったんです!」
「謝罪なんていいからまず俺を見ろ、いくらで買収されたか教えやがれ」
「それは違うなまえ、レオナルドには君のことを教えて欲しいとお願いしただけなのだ。そしたら先ほど私のところに君がここにいると連絡を」
「それを職権乱用っていうんだよこのストーカー!! もうやだ誰も信じられない!!」
 耐えきれずその場で泣き崩れる。それより恋愛前提の友人付き合いってなんだよ、お前の場合結婚に持ちこむ気満々じゃねぇか。いやそれよりこっちまで漂って来る花の香りがする時点でまた花束が贈る気か。やめてくれお前のせいで花瓶また買う羽目になるだろ。
 もう色々いいたいことが山ほどあったが言い返す気させ失せて嗚咽が漏れる。年甲斐もなくマジ泣きする俺に二人が慌てふためいているがこの際どうでもいい。
 もうこのHLに安息地がないという事実が絶望の淵に突き落とすには十分過ぎた。
 引っ越ししよう。ついでに転職だ。テーブルの下で拳を握って固く決意した。



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