部誌9 | ナノ


逃げも隠れもしたくはないが



先日までの急激な冷え込みのせいで体調を崩していた吉継。
ようやく、城内の軽い散歩ぐらいであれば行えるほどに回復した。
そんな中、今日は久しぶりにぽかぽかと暖かい陽気。
せっかくだから縁側でのんびりしようと、吉継を診ている軍医を離れに呼び、提案した、が。

「阿呆か貴様、そんな事をしてまたお前の言う薬臭い私の部屋で暮らしたいか」
「ヒヒッ、主と二人きり・・・それもマァ悪くはないが」
「が、嫌なんだろう、だったら諦めて布団の中で書物でも読んでいるんだな、これでも飲みながら」

その言葉と共にどん、と置かれたのは一杯の薬湯。
それはそれは不味くて苦い薬湯。
良薬苦し、とはいえこれはあまりにも、と吉継はいつも思っていた。

「少しだけなら良かろうて」
「駄目だ・・・さ、私は少し用がある。後で部屋から南蛮菓子を持ってきてやるから寝ていろ」
「ややこ扱いか」
「そうだな、言うことを全く聞かんからな」

そう言い放ち、ピシャリと障子を締めて出て行ってしまった。

「・・・ヒヒッ」

彼の足音が過ぎ去るのを確認し、杖を持ち、夜着を羽織った吉継はそろりと部屋を出る。
せっかくの良い天気、あの男に忠告された程度で納得する吉継ではなかった。
ゆっくりゆっくり、一歩ずつ離れの廊下を歩いていく。
離れの裏手に作らせた小さな庭。
本当にささやかな庭ではあったが、それを眺めることが吉継にとって、確かな楽しみであった。

「ほんに、少しぐらい付き合っても良かろうものを」

ほんの少し、落ち込んだような表情で庭を眺める吉継。
医者と患者の関係としては毎日のように会うが、恋仲としての関係では滅多に会うことがない。
ほんのひとときだけでもと思った提案であったが、見事に却下されてしまった。
真っ直ぐ医の道を行く彼だからこそと理解していても。

「ヒヒッ、たまには、あ奴を困らせてやるか」

城内のどこか、ほんの少し探すのに手間取りそうな所。
そんな場所に隠れていてやろうか、それとも何か悪戯を仕込んで離れで待っていてやろうか。
そう考えて振り返ろうとした瞬間。

ぐるり、と世界が回ったような気がした。

気付けば空を見つめていた。
体中が痛み、そしてうまく動かすことが出来ない。
やっとの事で持ち上げた自らの腕。
包帯の上からでもわかる、血がじわじわと染み出している。
足は動かそうにもずきずきと酷く痛み、動かない。
そしてそんな状態で吉継が横たわっているのは、滅多に人が来ない、離れの裏の庭。

何が起きたかはわからないが、どういう状況かはよくわかった。

やってしまったとため息をつく吉継だが、もう、どうしようもない。
ややこのように彼の言いつけを守らなかったのは己なのだ。
そして、この状態が彼に見つかったら、彼は先程以上に機嫌を損ね、吉継を叱るだろう。

「…わがままなのは、わかっておるわ…」

真っ直ぐ彼と向き合い、触れあいたい気持ちはあるのだ。
しかし、この天邪鬼な性格ではどうしても素直に真っ直ぐなどという器用な真似は出来なかった。

「逃げも隠れも、したくなど、ないのにナァ…」

吉継は痛む体を倒したまま、ボソリと呟いた。



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