部誌9 | ナノ


そのミチの先



審神者が声もなくぼたぼたと涙をこぼす姿を燭台切光忠はただ黙って見つめているしかなかった。
出陣した刀剣男士達が重傷で帰還した時は手が付けられないほど泣き叫んだ審神者が、哀しみの渦にその身を沈めて涙に溺れている。

「ありゃそのうち目が溶けちまうんじゃないか?」

ひょいと姿を現した鶴丸国永に燭台切光忠は苦笑を返した。
あまりにも場違いな台詞ではあったが、彼なりに空気を変えようとしていることは、その場にいる誰もがわかりきっていた。

「それは困るなぁ」
「そろそろ手当てしてもらいたかったんだが、あの様子じゃあもうしばらく無理のようだな」
「そうだねぇ…」

よっこらせと声を掛けながら廊下に座った鶴丸国永の装束はそこかしこが破れ、滲んだ血は既に乾ききっていた。そんな鶴丸国永の後に続いていた他の第一部隊の面々も顔を見合わせ、思い思いの場所へと足を向けた。

「なんだってこんなことになったんだかなぁ」
「普通だったら練度に合わない任務は来ないらしいけどね」
「しかもどうやったって帰還も出来ないのは参ったぜ」

小声で言葉を交わしながら、気遣わしげにまだ涙の止まる様子のない審神者を見やる。
審神者が手にしているのは見るも無残に折れてしまった初期刀の彼。
隊長が重傷になっても、審神者の帰還指示があっても、戦場から離れられなかった。
その影響で第一部隊の隊長を務めていた初期刀の彼はお守りの効果で一時凌いだものの、本丸に戻る直前に、ついに折れてしまった。
第一部隊の面々もショックを隠しきれなかったが、それを知った後の審神者は見ていられなかった。
鍛刀部屋で折れた刀は治せないと宥められ、手入れ部屋に何日篭っても治る兆しも、再び顕現する兆しもない彼に、ついに審神者が手入れ部屋でぼたぼたと泣き始めたのはつい数時間前のこと。

「あ、長谷部くん」
「お、政府と連絡はついたのか?」
「……いや。主の通信機器をお借りしてもどこにも繋がらないし、こんのすけも何処かに消えてしまった」
「こりゃ政府に何かあったと考えるのが妥当のようだな」

審神者の執務室から出てきたへし切長谷部は疲れ切った表情で首を横に振り、燭台切光忠と鶴丸国永は予測していたこととは言え、落胆の表情を浮かべた。

「せいふに、なにか…?」
「主…!」

ふらりと手入れ部屋から出てきた審神者に三人はぎょっとした。
審神者が瞬きをする度に涙は零れ落ち、だらんと下げられた手には抜き身の折れた彼と鞘がそれぞれ握られている。その姿は幽鬼のようでもあり、普段の快活な審神者からは想像もつかない姿であった。

「みんなの、ていれをしなきゃ、ね…」
「主、無理はなさらぬよう…」
「だいじょうぶだよ。いまから、つるまるのていれするよ。みっただ、ほかのていれひつようなひと、よんできて…」
「……わかったよ」

ぱちんと折れた彼を鞘に収め、腕に抱き直した審神者は涙を拭い、鶴丸国永に手を差し出した。
その手は小さく震え、重ねられた鶴丸国永の手をぎゅうと握りしめた。
第一部隊の面々と手入れ部屋に入った審神者はその後、本丸中の刀剣男士を集めて少しでも傷のある刀剣男士を手入れしていった。

「だれにも、れんらくとれないね」
「参りましたね…」

へし切長谷部の腕に抱かれた審神者は折れた彼を抱いたまま小さく呟き、へし切長谷部も表情を曇らせて頷いた。
あれから審神者は片時も折れた彼を手放さず、もう泣くことすら出来ない様子で必死に“外”と連絡を取ろうとしていた。
けれどどの方法も梨の礫。
政府からの食料の供給も途絶えて久しく、誰も彼も疲れと戸惑いを隠すことができなかった。

「わたしのれいりょくで、かこにおくれるかな」
「え?」

ぽつりと審神者は呟き、するりとへし切長谷部の腕からすり抜けるように降りると、ふらふらと転送装置へと足を向けた。
転送装置は政府が主導で構築した装置。審神者の霊力はほぼ関係ないと言っても過言ではないものである。
幽鬼のような足取りで転送装置に向かう審神者の後を何かに誘われるかのように刀剣男士達が追いかけていく。
ぺたりと転送装置に手を置いた審神者はその手に霊力を込め、転送装置は干渉を拒むかのように歪な音を立てた。
そんな審神者を誰も止める訳でもなくその背中をぼんやりと見守り、やがて開いた転送装置を刀剣男士たちは見た。

「あいた…」

小さく呟いた審神者はふらりとそのまま転送装置に足を進め、その隙間に身体を滑り込ませた。

「あ、待って、主…」

一人が追いかけるようにその後に続けば、一人、また一人と転送装置に吸い込まれるように続いていく。
少し先で審神者はぽつりと立ち、その前には道のようなものが続いている。

「このさきが、かこなのかな…」

道とも呼び難いその場所に立った審神者はそう呟き、後に続く刀剣男士とともに、どこに辿り着くともわからない未知の旅路に踏み出した。




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