部誌9 | ナノ


同じ未来を生きるために



みょうじなまえはランク戦でも実務でも緊急脱出率の高いアタッカーだ。
その部分だけ切り出してしまうと弱いアタッカーだと人は思うだろう。事実、なまえの隊がランク戦に参加しなくなり、個人戦も滅多にすることもなくなったなまえに対する評価はどんどんと下がっていった。

「なまえはそれでいいのか?」

そう尋ねる太刀川になまえは笑った。

「俺が大したことねぇのは自分がよく知ってるから、別に」

そう言うなまえを太刀川は個人戦ブースに放り込み、のらりくらりと交わすなまえに呆れるのが常になりつつあった。
ランク戦に参加していた頃のなまえは太刀川や迅とトップ争いを繰り広げ、なまえと当たるのを一番楽しみにしているのが太刀川だった。



「あ、いたいた。なまえ」
「んー?」

ランク戦をぼんやりと眺めているなまえに迅が声をかけ、なまえはその声に誘われるように席を立った。

「ちょっといいか?」
「何。俺が“視た”やつ聞きたいのか?」
「そゆこと。話が早くて助かる」
「お前が俺のところに来る時の用件なんてほとんどそれだろ」

振り返らずに廊下を進んでいくなまえの後ろについていきながら迅は観測できるなまえの未来をぼんやりと眺めた。
どの時点でも近界民との戦闘時は、常に誰かを庇って緊急離脱するなまえの姿が見える。
なまえが緊急離脱するのは、いつだって誰かを庇ってのことなのだ。
そして、いくつもの緊急離脱の先に見えるのはーー。

「おい、迅。入れ」
「…あぁ。お邪魔しまーす」
「隊長、お帰んなさい。っとと、迅さんだ。んじゃ、お茶淹れますねー。ぼんち揚げもありますよー」

いつの間にかなまえのところの隊室に着いてたらしく、なまえをじっと見ていた迅の足を軽く蹴ってなまえは室内に入っていった。
室内で散らかった紙の束を整理していたみょうじ隊のオペレーターは迅に気付くとにこりと笑って簡易給湯スペースへと足を向けた。

「なんというか、相変わらずみたいだよなぁ」
「うるせぇ」

机には収まりきらず床にまで積み上げられた紙の束と、走り書きの残るホワイトボード。
そんな室内でぽっかりと辛うじて確保されている休憩用の何も積まれていないスペースの椅子に慣れた様子で迅は腰掛けた。

「で、今回“視た”のは?」
「大した規模の進攻規模じゃあなさそうだった。面子も多くなかったし。これ、まとめてもらったやつ」

なまえの差し出す紙の束を受け取って目を通していく。
時系列に沿って記入されたその内容は、途中までは迅が既に見えている未来と被っている。
けれど、決定的に違うことが一つだけ。
紙面上にまとめられた未来は、なまえが決して緊急離脱しない未来。それは、迅には見ることのできない未来。なまえのサイドエフェクトである予知夢で観測した未来。たどり着く可能性が限りなくゼロに近い未来。

「ねぇ、なまえ。聞いてもいい?」
「なんだよ」

紙の束から視線を上げた迅を真っ直ぐ見つめ、迅の視線になまえは居心地が悪そうに少しだけ目を眇めた。

「これだけの戦績上げれるのに、どうして誰かを庇おうとするわけ?」
「俺よりも緊急離脱した奴らの方がよっぽど早く事を収めるだろうからな」
「俺が見てる未来よりもこっちの方がマシだって言ったとしても?」
「まさか」

迅の言葉を、なまえは不機嫌そうに顔をしかめて鼻で笑って切り捨てる。
なまえが予知夢で見る未来は、みょうじ隊のシューターを亡くしたあの日からなまえにとっては最悪の未来でしかないことを迅は知っている。

「……そんな怒るなよ」
「怒ってねぇ」

迅がへらりと笑えば、なまえはぎろりと迅を睨む。

「とりあえず、それはやるから持って帰れ」
「追い出すの?」
「この部屋から叩き出されたくなきゃな」
「……わかったよ。帰るから」

こういう時のなまえには逆らわない方がいいと迅はよく心得ている。
みょうじ隊の隊室から廊下に出て息を吐き出す。
今日もちらとも揺るがない迅の目に映るなまえの未来。
それを覆すための迅のトライアンドエラーはまだ終わらない。



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