部誌9 | ナノ


同じ未来を生きる為に



玉狛支部に、新しいメンバーが増えた。なんやかんやと、誰がなんの陰謀でか、一騎当千少数先鋭でやってきた玉狛支部に、ピカピカの殻をかぶったヒヨコがやってくる、というのは珍しく、また、新鮮でもあった。
なまえは詳しくは聞いていないが、玉狛支部の面々はそこそこワケアリだと踏んでいる。なまえも多分そこそこワケアリの分類で、アットホームに見えるがかなり排他的で難しいところだと、思っていた。
しかしながら、そこに新しく加わったメンバーは、今までのメンツに勝るとも劣らないワケアリばかりで、馴染んでいるようだ。というか、先を見据えすぎてて、居場所をどうにも踏み台としか認識できていないような若さを感じる。それが、彼らの強みでもあるとなまえは思っていたし、一応、玉狛支部のメンバーであるなまえも協力する体勢だ。ただ、他のメンバーがあんまりにも優秀なせいでなまえのすることが無いだけで。
せめて、準レギュラー的なポジションのオペレーターとして、働きすぎのきらいのある宇佐美の手伝いくらいはしたいのだが、オペレーターとして宇佐美が優秀すぎるくらいに優秀なため、より強力なサポートを欲している彼らの助けになれるとは、思っていなかった。
そうして、今日もなまえがやるのは、細々としたデータ整理だったり、その他もろもろだ。一応、大学生で少しばかり年上なわけで、高校生にばかり働かせている訳にはいかない。
宇佐美は一人でなんでもやってしまえるくらいに優秀だし、意欲的だが、優秀すぎて範囲を広げすぎて、単純に人間ひとりで背負えるだけの仕事じゃない仕事量を背負ってしまう。そういったところだけ、フォローできるといいと、なまえは思っていた。
まぁ、なまえの主な仕事はお子様隊員である陽太郎をそれとなくみておくことくらいだろうか。本部では玉狛支部の子守係と呼ばれているらしいが、あまり間違っていない気もするし、陽太郎は手がかからないお子様なので、ほとんど仕事がないため、間違っているとも言える。
正直なところ、なまえは玉狛支部が少し、こわいと思っている。
時々、本部では考えられないような仕事を任されて、時々、自分が何をしているかわからなくなって、時々、どこまで踏み込んでいいのか、わからなくなる。
それを口にしたことは無いが、なまえの戸惑いを感じてか、それとも、信頼がないのか、林藤支部長はなまえに、隊員のフォローを頼む、と、なまえの仕事はこれだ、と、そう言った。
そんなことを考えながら、ぼーっと雑誌のページを開いたまま、ソファーに座っていた。目の前では、休憩にやってきたらしい玉狛支部のひよこたちが三人並んで座っている。本当は手持ち無沙汰で寝ていてもいいのだが、あまり、ニューメンバーたちにサボっている印象を与えたくないという理由だけで、一応起きて、雑誌を開いている。開いたまま目を開けて寝ているような状況なので、あまり意味がないのではないか、ということは考えないようにしていた。
聞かれたら小南に言ったように「こうやって見ていると、別のページが透視できるサイドエフェクトを鍛えられるんだ」といったところ信じたので、彼らにも試してみてもいいかもしれない。
ひよこが3匹。中学生になっって、学校の制服を着たときは、随分大人になったような気がしていたが、大学生になってから中学生という生き物を見ると、えらく小さいものだ。
白いふわふわ頭のヒヨコと、女の子のヒヨコは特に小さいが、眼鏡のヒヨコも、やっぱり幼い。
と、そこでなまえは彼らがなまえのことを凝視していることに気づいた。
何か悩み相談でもあるのか、と、なまえは秋の着回しコーデと書かれたページを閉じた。そこで、表紙に愛されメイクという表記を見つけて、どうやら自分が開いていた雑誌は女性向けだったようだと気付き、わずかな気不味さを押し隠して雑誌を隣に避けた。
「……順調?」
取り敢えず、無難な言葉を投げかけてみる。三人は三者三様にこくこくと首を縦に振った。それがやっぱりヒヨコの動きに見えてなまえは忍び笑う。
「なまえ先輩は、」
とりあえず何か話題を、と、中学生とは思えない気遣いで切り出した眼鏡のヒヨコこと、三雲修になまえは感心しつつ、やっぱり、中学生にフォローされているようでは、自分はフォローには向いてないのでは、とこっそり考える。
「先輩は、迅さんと付き合ってたって、ホントウなのか?」
隣で当たり障りない会話から始めようとしていた三雲修が、吹き出した。ズバリ、多分本題を切り出した白いヒヨコこと近界民の空閑遊真の言葉についでになまえも噎せた。
何も言わないが焦った様子の雨取千佳の顔が少しばかり赤い。やっぱりヒヨコだ、と思いながらなまえはげほげほと咳き込みながら、呼吸を整えた。
「……それ、誰にきいたの」
「しおりちゃんに、昨日なんでなまえ先輩は玉狛支部にいるのか聞いたら、教えてくれた」
なるほど宇佐美くんはそう思ってたらしい、と、あながち間違いではないのだが、何かとめんどくさそうな状況を作ってくれたことに天を仰いだ。
適当に誤魔化そうか、と考えて、なまえは空閑遊真をもう一度見た。
彼のサイドエフェクトは、嘘を見抜くらしい。
ここで嘘をつくことには意味がない。そんなことを思いながら、たしかに自分は少数先鋭のここに馴染めている気がしないので、当然といえば当然の質問だったかと、ため息を吐いた。
「……まぁ、ほぼ間違ってないよ」
雑誌を閉じるんじゃなかった、となまえは後悔しながら、そう、曖昧に答えた。
「どのあたりが間違っているんだ?」
とぼけた顔の空閑遊真の追求になまえは顔を引きつらせた。こんな時に素知らぬ顔で顔を見せない彼のお目付け役の炊飯器が恨めしい。
仕事しろよお目付け役。人の事情にあまり踏み込ませるなよ。この時常識人らしい三雲修は、多分、男同士という考え方自体が彼の理解の範疇外なのか、全く役に立ちそうにない。
わざと伏せた情報に嘘が混ぜられていることまで、サイドエフェクトはわかってしまうのか。
今まさに話題の男のサイドエフェクトを思い出して、難儀だな、となまえはため息をもう一つ吐いた。
「……付き合ってて、別れたってのはホント。玉狛支部に来た理由は、ちょっと別」
「あ、あ、あの、なまえさん、」
ふうんと納得したらしい空閑遊真とは別にやっと、思考がなんとかなりだしたらしい三雲修が口を開く。
「……実は、なまえさん、女性だった、とか、そういうことは」
「オレも男だし、ついでにいうと、悠一も男だな」
これが中学生の反応か、と思いながら、不健全だしあんまりにも教育によろしくなさすぎるだろ、となまえは思う。彼との関係を不健全だったとは言わないが、もう少しマイノリティとの出会い方が彼らにとってマイルドであっても良かったはずだ。結構長く同じ屋根の下にいる人間がそうだというのは少し、ハードルが高かったのではないか。
いたいけな少年少女たちの心中を慮りながら、なまえはあとで宇佐美に寝てはいけないのにどうしても眠たくなる強制睡眠ハンドマッサージを施すことに決めた。若いのにデスクワークでヘロヘロになる彼女をなまえが強制的に休憩を取らせる方法のひとつだ。わかい女の子に野郎が触れるのはどうかとは思うのだが、なまえと悠一のこともあってか、二人の間では問題がないこととして処理されている。
「なんで別れたんだ? なまえ先輩と迅さん仲が悪かったのか?」
少し和んだところで、厳しく追求される。厳しい。厳しすぎる。なんでこんな目にあってるのかと思いながらなまえは「それは」と言葉を切った。

なんで、別れたんだっけ。

ぽつん、と胸に空いた空白を思い出して、なまえは思わず胸に手を当てた。悠一と別れてからしばらくずっと、そこにあった空白。今はマシになった気がしていたけれど、思い出すと、たしかにそこにあることがわかる。
嫌いじゃなかった。悠一が、女性の尻を触っていても、多分、女性が好きなんだとわかっていても、付き合っている間はなまえの前ではそんな素振りは見せなかったし、それは彼の誠意だった。
そして、多分別れたとき、悠一もなまえのことを愛していた。
言い出したのは、悠一だ。彼が「わかれよう」と切り出して、それになまえが合意した。
そうだ、事情を聞かなかったのだ。なんで別れようと言い出したのか聞かないまま、なまえに苦しい顔で「わかれよう」と言った悠一に「わかった」と答えて、さいごに、一度だけキスをしてほしいと、そう頼んだ。
長いキスだった。触れた唇が、なまえと別れたくないと、悠一の気持ちを伝えてきて、ただただ、涙がこぼれて、ひどく泣いたせいで、ひどく塩辛いキスだった。
あの日以来、なまえと悠一は、元の友人とか、仲間とかそう言った関係に戻った。変わったことは、肉体関係がなくなったことと、二人きりで話す時間が、なくなったこと。悠一がまた、女の子にちょっかいを出すようになったこと。なまえが合コンに行くようになったこと。
それから、なまえはこの質問を投げかけた空閑遊真の顔を見て、瞳をみて、それから何かが腑に落ちたように、ふっと笑った。
サイドエフェクト。
彼には未来が見える。なまえには、彼が背負うものの重たさがわからない。話を聞くこともなくて、なまえは彼の過去のことを、気にしなかった。でもなまえは、彼を甘やかしてしまえた。そう、彼はなまえに甘えて、弱さを見せた。
それが、だめだったのだ、となまえは思う。
彼は何かをしなければいけなくて、そのために、なまえが悠一を甘えさせてはいけなかった。
未来にもしかして、何かがあったのかもしれなかった。彼が、なまえと別れ無くないことを、彼が別れを口にした時、知っていた。だから、承諾した。

「あいつが、そうしたいって言ったから、それはきっと、意味があることだから」

だから、別れた、となまえは目の前にいる子どもたちに言った。
悠一が、決めたことだから。多分きっと、それは優しい理由なのだろうと、思っていた。でもこれはきっと、かなり、不誠実な理由になるのではないかとなまえは思っている。彼らに聞かせるような内容ではないと、思っている。
彼らは若い。そして、なまえよりもずっと真っ直ぐで、ひたむきだ。理解できない、と、そんな顔をする彼らになまえは曖昧に笑いながら「参考にするなよ」とだけコメントすることにした。
それから逃げるようにして、席を立とうとするなまえに、あの、と声をかけたのはずっと黙っていた雨取千佳だった。
「……なまえさんは、まだ、……その、好き、ですか?」
怖ず怖ずと顔を赤くしながら聞く少女になまえは曖昧に笑う。それから、その問いには答えないことに決めた。
「……それ、悠一には聞くなよ、答え聞いたら、オレ立ち直れないから」
半分答えてしまったようなものだったか、と思いながらなまえは彼らに背を向けた。
半分は嘘だったけれど、空閑遊真は何も言わなかった。

まだ、彼が自分を好きかどうかは、彼が何も背負わなくて良くなったそのときに、自分で聞くと、決めていた。そんな日が来るとは彼は言わなかったけれど、多分きっと、そんな日が来るとなまえは信じていた。
多分林藤支部長がなまえに「フォロー」をという理由はこういう能天気さにあるんだと、なまえは思う。
少しだけ、胸が軽くなった気がしてなまえは顔を上げた。
「よ、」
そう言って、片手を上げて挨拶したのは、話題のその人、迅悠一だった。
それに軽く返事をかえしながら、それ以上の言葉をかわさずにすれ違う。いつもなら、ただすれ違うだけのところだけれど、なまえは、少し違うことをしようと決めた。
すれ違いざまに、とん、と彼の肩に触れる。驚いた様子の悠一が足をとめる。なまえは構わずに悠一が来た方向へと歩きながら、彼に届くように呟いた。

「頑張りすぎんなよ」

返事はなくて、かわりに、彼が立ち止まったまま動けなくなっている気配を感じながら、なまえは後ろ髪を振り切って歩く。これが今のなまえの精一杯の前進で。
今はこれでいいと、なまえはそう思った。



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