部誌9 | ナノ


ボタンのかけ間違いは一生続く



その美しく滑らかな足に、視線が吸い寄せられた。
日中靴を履いているせいで日焼けを知らない足の先、鮮やかに彩られた赤い爪に感じた情動をなんと呼ぶのか、東春秋は知っている。



「姉がネイリストで……練習に付き合わされて」

恥ずかしいのだろう、頬をうっすらと赤らめてぶっきらぼうにそう告げる少年の名を、みょうじなまえという。諏訪の大学の後輩で、確かボーダーではB級下位チームだったはずだ。諏訪と同じ銃手だからか、よくつるんでいるのを見かけた。
だからだろう、今日の飲み会にみょうじがいるのは。成人したばかりだというみょうじは、諏訪に連れられてやってきた。内輪だけの飲み会ではあるが、特に参加者に拘る訳でもない。諏訪のように親しい後輩を連れてくることもあれば、彼女を連れてくる奴もいる。

訪れた当初、座敷だと知ったみょうじは若干挙動不審になっていた。連れてきた諏訪はというと、みょうじを簡単に紹介しただけでさっさと上り込んでしまう。面倒見のいい諏訪のことだ。そのまま放置する訳はないだろうから、すぐ後ろをみょうじがついてくるだろうと踏んでの行動だったのだろう。
三和土で二の足を踏むみょうじに、気にせずどうぞ、と東が声をかけたのは、偶然だった。たまたまトイレから戻ってきたら、前に諏訪とみょうじがいたのだ。初めての場所に緊張しているのだろうと思い、声をかけた東の促しにみょうじはびくりと体を揺らし、おずおずとデッキシューズを脱いだ。

初夏だからだろう、みょうじは裸足だった。大学やボーダーはクーラーが効いていることだし、冷えやしないんだろうか。そんな爺臭いことを考えていた東は、みょうじのその爪先に一瞬で意識を奪われた。

原色の赤に染まる、足の爪。親指には小さな金の星が輝いていた。白い素足は丁寧に手入れされているのか、男のそれとは思えないような滑らかさだった。男の足にここまでするとは、よほど姉弟仲がいいのだろう。

「そうか。お姉さんと仲がいいんだな」

うまく笑えているのか、自分でもよく分からなかった。胡坐で座っていれば見えなくなるよ、なんてフォローを入れながら、みょうじを座敷に上がらせる。なかなか来ないみょうじに焦れたのか、諏訪の苛立ったような呼びかけに慌てて返事をし、頭を軽く下げて立ち去る背中を見送りながら、東は己の中に芽生えた衝動を押さえこんでいた。まさか自分が、男の足に性的衝動を覚えるとは思わなかった。

諏訪にペディキュアを発見され、からかわれているみょうじを視界に収めながら、東は自分の席に戻った。お帰りなさい、なんて後輩の言葉に頷き、ぬるくなったビールで喉を潤す。やけに喉が渇いていた。理由は判っていた。注文用のタブレットに追加の酒を頼み、後輩の話に相槌を返す。脳裏にはずっと、あの美しい足先がこびりついて離れなかった。

それでも、一過性の感情だと思っていた。
一時の衝動にすぎないと、思っていたのだ。

己のそれが一過性のものではないと気付いたのは、ボーダー本部でだった。
その日はボーダー本部のクーラーの調子が悪く、また日差しもきつかった。若い少年たちですら暑さに唸り、何を血迷ったのか本部の地下にあるプールに飛び込んだり、水の掛け合いを始めたのだ。換装すればいいだけの話だと思うのだが、脳みそが茹りすぎてその発想に至らないらしい。

馬鹿だな、と笑いながらその様子を眺めていた東だったが、不意に視線が吸い寄せられた。
視線の先にいたのは、あの飲み会で少し会話をしただけの、みょうじで。

笑いながら濡れた白いシャツを着たまま絞っていた。見えた腹はいつか見た足先のように白く、筋肉など見当たらなそうなくらいに薄い。着たままの状態で絞っても水気が飛ぶ訳でもなく、体に張り付いたシャツが透けて――。
二度目に感じた衝動に、もう言い訳はできないな、と東は思った。腹の底からせりあがってくる欲に、突き動かされたいと思ってしまった。

愛だの恋だの、甘ったるいことを考えるほど東は若くなかった。
よく知りもしない少年に、性欲を覚えてしまった。これは、ただの衝動だ。彼の体をのべつまくなしに触れたい。その腹に、腕に、頬に、腕に――足に。
今はエメラルドグリーンに彩られた爪先に口づけを落とし、喘がせ、衝動のままに揺り動かしたい。その衝動に、理由などない。

みょうじのどこに、何にこんなにも揺り動かされるのか、東自身にも理解できなかった。己の衝動の根底にあるのが何なのかすら理解の範疇の外だ。

己のそれが一目惚れであると、根っからの理系である東に理解できるはずもなく。
ただその衝動に突き動かされ、制御もできず行動を起こしてしまい、後々多大な後悔をすることになるのだが、このときの東が知る由もなかった。



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